父の日


「うげっ」
こちらを見た途端、そいつは顔を歪めた。
ふざけんなこりゃこっちの反応だっての。ぶん殴ってやろうと思ったが、面倒事は御免だと踏みとどまる。
腐っても公共の場だ。ここで暴れでもしたら、また『チンピラ警察、一般人に暴行』なんつー誇大記事も書かれないとは限らない。
「なーに、なんでお宅がここにいんの。ここは甘味党の銀さんの指定席なんですけど」
「ほざけ、そんなこと誰が決めた。ここは俺の席だ」
「ぁあ!?」
「やんのかコラ」
つかみ合いの喧嘩が勃発する寸前。
「ハイハイ、そこまでね。店で喧嘩はやめとくれ」
鶴の一声というか、店主の一声で我に返る。先程自分をいさめたばかりだというのに、すっかり忘れて拳が出るところだった。
どうにもこいつを目にすると理性を保てなくなる。
この、気に食わねェ白髪天パ野郎の前では。



愚痴と惚気はほどほどに



「あのさー…。神聖な団子にその仕打ちって酷くね?人の食べ物を犬の餌の昇華すんのはどうかと思うわけだよ銀さんは。お宅のお子さんも言ってたでしょ」
「黙れ、マヨネーズは何にでも合うんだよ。どんな風に食べようと俺の勝手だろ」
「いや、それ既に視覚的暴力だからね。俺の想像力なめんなよ」
いい気分で持参したマヨネーズをトッピングした団子を頬張っているというのに、横にいる奴のせいでイライラは納まることはない。
団子屋の店先に置かれた二台のベンチ。その端と端に俺と奴は座している。
距離にして約3メートルは離れているというのに、奴から放たれる不快な気は衰えることなくここまで届きやがる。なんて傍迷惑な野郎だ。
甘味はあまり得意ではないが、団子は嫌いじゃない。だから時々、甘くない団子を食べにくることがある。今日もそんな日で、滅多にないことだというのに偶々この万事屋と鉢合わせしてしまったのは最悪としか言いようがなかった。
つーか、『お宅のお子さん』って総悟のことか?よく覚えてるなコイツ。総悟が犬の餌とか言ったの随分前じゃなかったか?少なくとも俺は忘れていた。(まあ、普段から様々な暴言を吐かれているから、それらを一々気に留めてたらやっていけないのだが)
「全くさー、折角有り金はたいて糖分取りに来てるっつーのに、何で甘味屋で多串くんに会っちゃうわけ?そんな希少価値求めてねェっつーの。マジ最悪だわ…」
「その台詞そっくりそのまま返してやる」
野郎は飽きずにグチグチ文句ばかり垂れている。最悪なら突っ掛かって来なければいいものを。
「どうせ黒尽くめに会うならもっと違う子が良かったわ…」
あぁ、そうか。なるほどな。
こいつがさっきから不自然に視線を動かしていたり、見たくもないだろう俺の方に目を向けているのは総悟を探しているからか。
「あいつなら今日は非番だからいねーぞ」
団子を飲み込んだついでに教えてやれば、
「ちょ、何言っちゃってんの。別に沖田くんなんて探してないしー」
「誰も総悟とは言ってねーが」
「……あー……」
意図して鎌かけたわけでもないのに勝手に引っかかりやがった。
やっちまった満載の微妙な表情で目を逸らしている。

それにしても、と思う。
こいつ、相当総悟に惚れてやがる。
あまり心穏やかではいられない事実に内心顔をしかめた。
最近知ったことだが、こいつと総悟は、どうやらイイ仲らしい。
らしい、というのは、直接聞いたわけでも、そういう場面を目撃したからでもなく(目撃なんかしたくもないが)、俺のカンだからだ。想像でしかないが、たぶん間違っていない。
妙に気が合うようだとは知り合った当初から感じていたが(ドS同士なだけにな)、それだけじゃなくて、あの総悟が特定の人物に興味を抱いたり執着を見せるのは本当に稀なのだ。稀と言うか、俺が知る限りそんな対象は姉のミツバと近藤さんだけだ。
世にも珍しいと思いながらも、最初は総悟の方から一方的に想いを寄せてできあがった関係だと思っていた。人付き合いが極端に狭い総悟と違って、こいつは広く浅くの典型みたいな奴で、恐ろしく顔が広い。そんな奴が敢えて愛想も可愛げもない年下の餓鬼の、しかも男に手を出すなんて誰が思うだろか。
しかし、どうやらそういうわけでもないらしい。
こいつにとっても総悟は特別だってことか。
総悟には出会った頃から何故か敵意剥き出しで何度殺されかけたかわからないし、むしろ俺よく今まで無事だったなマジで、とまで思っている。とはいえ、幼い頃から成長を見てきた弟みたいな奴だ。
こんなただれた恋愛しかしたことないような腐った野郎に誑かされるなど認められるか、と思っていたが――。

「つか、沖田くん今日非番ってことは屯所にいんの?」
墓穴を掘ったことなどなんのその。開き直ったらしい奴が尋ねてくる。立ち直りの早い奴だ。
「誰がテメーに…」
総悟の居場所を教えるか、と言いかけてやめる。
総悟を気にかけるそぶりを見せるコイツに多少絆されたのかもしれない。
「総悟は近藤さんと出掛けてっからいねーぞ」
「はあ?ゴリラと!?」
「いや、ゴリラじゃなくて近藤さんだ」
「ゴリラと出掛けるって、二人で?それってデートじゃねーか」
「だからゴリラじゃなくて近藤さんだっつの!」
「何それこないだ今度の休みにデートしようって誘ったら断られたのに!俺フラレたのにゴリラとデートって…!」
「テメー聞く気ねーだろ!スルーしてんじゃねーぞクソ天パ」
「うるっせーニコチンマヨネーズ略してニコマヨ!天パバカにしてんじゃねーぞテメー。ニコマヨってニコガクのパクリですかコノヤロー」
「聞こえてんじゃねーか!つか微妙に古いなオイ」
人ン家の局長を散々ゴリラ呼ばわりしやがって。なんて失礼な野郎だ。確かに近藤さんはゴリラだが、赤の他人にゴリラ呼ばわりされる言われはない。
こっちもあおられてつい熱くなってしまった。一息つくために懐からタバコとライターを取り出す。
「デートって…テメーじゃあるめーし違ェよ。今日は父の日だろ。アイツ毎年この日は近藤さんにべったりなんだよ」
「父の日?そうだっけ?あれ、今日なの?」
「今日なんだよ。総悟にとっては近藤さんが父親みたいなもんだからな。親父孝行のつもりなんだろ」
「親孝行でべったりって、沖田くんらしいっつーか。それ自分が一緒にいたいだけじゃん」
批判的なことを口にしながらも、口元は緩んでいる。嫌なものを見ちまった。
「昨夜っからべったりだ。飯から風呂から、仕舞いにゃ寝床も一緒ときた。全く、いつになったら親離れすんだか」
昨日からの総悟の奇行(といっても毎年恒例なのだが)を思い出して溜息を吐く。近藤さんも参ったと言いながらも嬉しいんだろう、始終にやけっぱなしだった。微笑ましい二人の姿に、組の奴等も苦笑しながらも生暖かく見守るしかなかった。その中に俺も入っているわけだが。
だが、うちの連中は受け入れても、黙っていられないのはコイツなわけで。
「風呂ォ!?寝床ォオ!?ちょ、沖田くん何してんの、浮気!?銀さん泣いちゃうよ!」
盛大に唾をとばして嘆く姿は、憎たらしい相手だけに、非常に気分がいい。
だが、だからといってそれを長く目にしていられるかというとそういうわけでもなく、やはり度が過ぎればウザイ事この上ない。

一服したところで丁度休憩時間も終わる頃合だ。さっさと立ち去ろうとしたところで陳腐なメロディが空気を振るわせた。何の気なしに音の発生源をたどれば、それは万事屋の携帯だったらしい。
ぽちぽちといじっている所を見るとメールの着信だったのか。というか、コイツが携帯持ってることに驚きなんだが。
「あ、沖田くんからだ」
噂をすれば何とやら。
しかし、メールなど仕事関係を除けばほとんどしない総悟から、とはな。
携帯画面に釘付けの面には、先程までの叫びなんて忘れたみたいに笑顔が浮かんでいる。
コイツの鼻の下の伸びきった顔など、ホント、見たくもないものを見てしまった。
溜息を吐きつつも口端が上がってしまうのは、それが向けられているのが大切な弟分だからか、いつも気に食わない野郎の意外に純粋なところを知ってしまったからか。
どちらにしても、これ以上ここに居る必要はない。
今度こそ立ち上がると、「お、帰んの?」と至極ご機嫌な声を掛けられて、こちらも自然に返してやる。
「仕事だ。俺はあのバカと違ってサボったりしねーんだよ」
「ンなこと言ってっと沖田くんにチクるぜ」
「誰も総悟とは言ってない」
「っあーー、クッソ!ムカつくぅ!」
今度は優越感で口端が上がる。悔しがる奴は放って、仕事へ。

「お、写メじゃん。――って、ああっ!?何ゴリと手繋いでんの!しかも恋人つなぎ!?ちょ、銀さんとだってなかなか手繋いでくれないのに!!」
何でかい声で叫んでるんだか。後方から聞こえてくる声にはやはり溜息が漏れる。

精々嘆くがいいさ。
テメーらの一番の難関がそこにそびえ立っているんだからな。







終わり。












今更父の日ネタ。
土方さんは娘を嫁にやるママ的心情かと。
心配しながらもある程度理解がある的な。


(2009年9月2日)