ネコ銀さんと沖田くん


※お読みになられる前に※
wj41号掲載の275訓を基にしたお話です。
未読の方はご注意ください。



獣化したって萌えばかりじゃない


一体なんだってこんな事に。
自分の身に起こったことが受け入れられない。
つか、誰が突然猫になっちまうなんて思うか。正直夢でも見てるんじゃないかと思う。
だが、頬を引っかいてみたらリアルに痛いし(猫の手だけにつねる事もできなかった)、何度目をこすっても水溜りに写る自分の姿は見慣れないブサイクな野良猫だった。
こんなことになってしまった理由もわからなければ当然戻り方もわからない。

これからどうしたらいいのか…。

途方にくれて歩いていると、木陰から飛び出した黒い塊に足をとられた。
考え事をしていたせいで足元が疎かになっていたらしい。いまだこの体に慣れないせいでろくに受身もとれずに頭から地面に激突してしまった。
自分の余所見が原因とはいえ、突然現れた物体に八つ当たりもしたくなるもので、痛む額をさすりながら激高すると。

「いってーな!ンだこ…れ……、え?」

黒い塊の先には、茶色いさらさらの頭がくっついていた。

「あー?キャンキャンうっせーな。人が折角サボり満喫してるってーのに…」

ふわぁとでっかい欠伸をしながら不気味なアイマスクを引き上げて現れたのは、大きな瞳。
黒い塊の正体は、木陰で昼寝をしていた沖田くんだった。

「あり、猫?」

俺がつまづいたのは沖田くんの足だったようで、体を起こした沖田くんが俺を見つけて顔を近づけてくる。

うおっ、近っ。
つか、可愛いな。

赤みがかった茶色の瞳が珍しいものでも見つけたかのように見開いてじっと見つめてくる。
思えばこいつの顔をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。
初めて会ったときから可愛らしい顔だと思ってはいたが、男だし真選組だしドSだしで意識はしていなかったが、これは――。

思った以上に好みの顔にごくりと喉が鳴る。
しかもちょっと小首をかしげているものだから、可愛いなんてもんじゃない。最終兵器だ。これ絶対ファイナルウエポンだろ。だって銀さんの心臓止まりそうだもの。

らしくもなくドキドキして反応を返すことができずにいると、沖田くんの小さなピンク色の唇が聞きなれた言葉をつむぎ出した。

「……旦那?」

それは沖田くんがいつも俺を指して呼ぶ呼称。
俺をそう呼ぶのは何もこの子だけじゃないのに、この声で呼ばれると不思議と甘く聞こえてしまうその響きに胸を打たれる。

我を忘れてそのやわらかそうな頬に手を伸ばしかけて、はたと気づく。
視界の端に移った自分の手は、毛むくじゃら。
あ、そういえば猫だったんだっけ。

って、猫じゃん!
こんな手じゃこの子の頬も撫でられないし抱きしめることもできねぇじゃねーか!

……って、何抱きしめるとか言っちゃってんの俺ェェ!?

自分の思考に打ちのめされつつ、あれ?と思う。
今俺猫じゃん。何で沖田くん俺ってわかったんだ。
もしかして元に戻ったのだろうか。自分の姿を見下ろすが、やはり目に映るのは全身毛で覆われた猫の体。
どういうことだとクエスチョンマークが頭を飛び交う。
すると、沖田くんの手が伸びてきて、頭の上をぽんぽんと撫でられる。温かい手の感触。

そして、見たことのないような優しい笑顔で、
「お前、旦那にそっくりだなァ」
その白い腕に抱き上げられた。

あり?

そっくりということは、とりあえず俺だと気づいてくれたわけではないらしい。
向けられたきれいな微笑みにどきりとする一方、気になる可愛いあの子に軽々と抱き上げられてしまったことに男としての矜持を挫かれて非常に複雑な心境だ。猫だから仕方ないっちゃないんだけど…。

というか、気になる可愛いあの子とか言っちゃってるんですけど俺沖田くんのこと。自分で言っていてムズ痒い。

でも事実だ。

俺はたぶんこの子のことが好きなんだ。

沖田くんは抱き上げた俺を顔の高さに持ってきて更にジロジロと観察していくる。
相変わらず優しげな微笑は崩さぬままで。

「ほんと、そっくり。くりくりふわふわの天パも銀髪も。何より死んだ魚みてーな目がなァ。猫の癖に有り得ねェだろ。マジ旦那なんじゃねーのお前?」

このブサイク面の猫が俺に似てるっていうのは納得できないが、挙げられた特徴は確かに俺と同じだ。

マジで旦那なんだよ、沖田くん。

伝えたいが、猫の姿じゃ人間の言葉なんて話せない。伝えたい言葉も伝えられない。
もどかしい思いが胸に燻る。

「って、まさかなァ。そんなはずねーか」

そう言った沖田くんは、今までの綺麗な笑みを少し曇らせて、どこか苦しそうに笑った。

「会いたいと思ったから、旦那が会いに来てくれたのかと思った…」

そんなわけねぇのにな。

自嘲気味に笑って、沖田くんは猫の俺を抱きしめた。
ぎゅっと。

そして、

「俺の片想いだもん」

沖田くんの声にならない声が空気を震わせて耳に届いた。
猫の聴覚は人間より優れているんだっけ。
だとしたら、この独白を聞けたのは、今猫の姿をしているからかもしれない。

温かい胸に包まれて。

何これ。沖田くんて俺のこと好きだったの。
何それ。全然知らなかった。
何だよ、こっちは今自覚したばっかだってのに。

愛しい想いが洪水のように溢れて止まらない。

今すぐ抱きしめたい。その背に腕を回して、ありったけの力を込めて。
そして、言ってやるのだ。

『片想いなんかじゃないよ』って。

せめてもと、腕の隙間から顔を出してその頬を舐めてやった。そんな切ない顔をしないでくれとの想いを込めて。

柔らかな曲線を描く白い頬は、今まで食べたどんな糖分よりも甘かった。

「ははっ、くすぐってーよ」

沖田くんが笑うから、俺はもっと舐める。くすくすと笑った拍子に頬を舐めていた舌が唇に当たった。

あ、初チュー。

よりによってこんな姿でとは。しかも沖田くん唇舐めたのに全然気にしてないし。
嬉しいような虚しいような。いや確実に後者だな。
よし、今のはノーカウント決定。

「懐っこいやつだなァ、犬みてェ。あったけぇし」

そしてまたぎゅっと抱きしめられる。

沖田くんもあったかいよ。

抱きしめたい気持ちはやはり強いが、今この状況ではどうしようもない。だったらせっかくの美味しい機会を十分に満喫しようじゃないか。

沖田くんの腕の中は、とても気持ちがいい。
なんかいい匂いするし、すごく落ち着く。
この心地よさを味わえるのなら、猫になったのも悪くはなかったかもしれないと思える程に。

ひとしきり心地よさに身を任せていると、沖田くんが思いもよらないことを口走った。

「なぁ、お前のこと、……銀時、って呼んでいい?」

ドクリ、胸が鳴った。
一度も呼ばれたことのない、自分の名前を沖田くんが口にする。

「それ、旦那の名前なんだ。な、お前に似合ってるだろィ」

猫になった俺を撫でながら。


「……銀時、さん」


それは、目の前の俺に向けた言葉?それとも『俺』?

前言撤回だ。
今すぐ元に戻って、この子を抱きしめて、笑いあって、そして――。

焦燥を紛らわそうと、俺は心の中で沖田くんの名前を呼び続けた。
何度も何度も。



一度も呼んだことのない、君の名前を。










終。












タイムリーに275訓ネタです。
ほのぼのギャグにしようと思って撃沈。
祝・総悟呼び記念。
銀さんが猫になっちゃってから玉狩りで追いかけられるまでの間のことってことで。


(2009年9月9日)