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※お読みになられる前に※
not3Z現代パラレルです。
オリキャラがかなりでばっています。
オリキャラの名前はかなりテキトーなので、気に入らない場合は脳内で変換して読んでください。
あ、駄目かも。と思われた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
- ☆HAPPY☆
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「……、……んせ……」
遠くから、微かな声がした。
「……せん……、あさ……で…」
意識を揺さぶるようなそれは、だんだんと大きく近づいてくる。
不鮮明だった音が明瞭に聞こえるようになる頃には、銀時はその声の主も意図も鮮明に思い浮かべることができるようになっていた。
――ああ、朝だ。
「おはよーございやーす」
「…んー……」
「せーんせ、起きてくだせェ」
朝の気持ちのよいまどろみの中、聞こえるのは耳に馴染んだ声だ。
ゆさゆさと肩を揺さぶられる感触が妙に心地よく、眠りから呼び覚まされるどころか、逆に睡魔が勢いを増したかのように、一度クリアになったはずの意識が再びフェードアウトしていく。
「うー…もうちょっと…」
半寝状態で辛うじて口にした願望は、当然だが聞き入れてはくれないらしい。
「もうちょっとって、アンタそれ何度目ですかィ。いい加減起きねぇと遅刻しやすよ」
布団にしがみ付く銀時の後頭部の大分高い位置から呆れた口調が振ってきたと思った直後、先ほどのゆったりした動きとは打って変わった激しい揺さぶりが襲ってきた。
しかも、今度は肩ではなく、頭を。
「アタタタタタタタっ、ちょっ、いたいって、ハゲるから!」
髪の毛を鷲掴みにして上下左右に引っ張られ、頭の中はシェイク状態だ。眠気は一気に吹っ飛んだが、今度は眠気ではなく吐き気で起き上がれない。
つか今絶対に髪抜けた。確実にダース単位で抜けた!
頭部を押さえて悶えていた銀時は、涙の浮かんだ目でにらみ付けてやろうと体を捻って仰向け状態になった。
そんな銀時を見て何を思ったか、先ほどから自分を起こすことに妙な使命感を負っているらしいその人は、
「これでも起きねぇんですか。しぶてぇなァ。仕方ねェ、こうなりゃ最終奥義だ」
言葉ほど困った風でもなく、抑揚の少ない口調でひとりごちた後、今度はどこか楽しそうな響きを含ませて、叫んだ。
「ふう、せんせーを起こしてやりなせェ!」
その言葉の意味するところを寝起きの頭が理解する前に、ものすごい衝撃が襲ってきた。
「ぐっふぉぁッッ!!??」
突然無防備な腹の辺りを圧迫され、胃の中の物といわず、内臓まで飛び出してきそうになる。
涙目になりながらも、薄目を開けて確認してみれば、横たわったからだの上に容赦なく振ってきたのは、10キロ超のぷにぷにした温かい生き物だった。
ちょ、これ起こすとかそういうレベルじゃねぇだろ。朝から既に瀕死状態なんですけど。
「ちぇんちぇ、へんなおかおー!」
あはははと、そんなに楽しそうに腹の上からこちらをのぞき込んでくるのは、栗色の髪と大きな瞳、ぷにぷにの頬を持った幼児――銀時は『ふう』と呼んでいる――だ。その笑顔は天使のように愛らしいので、ついうっかり文句も怒りも明後日に飛んでいってしまいそうになる。
不本意にも絆されてしまいそうになっていた(いや実際既に九分九厘ほだされている)銀時に、今現在の苦しみを引き起こす要因を作った人が声をかけて来た。
「やっと起きやしたか?」
先ほどから銀時を起こすことに躍起になっている沖田だ。
沖田が身を屈めると、無邪気に笑う小さい顔のすぐ傍に、それよりも大人びた、でもとてもよく似たつくりの顔が並ぶ。
――うわ、眼福だ…。
銀時はその顔をかなり気に入っていた。
その二つの顔が、目の前で二人仲良く小首をかしげている光景は、そうれはもう絶品で、可愛らしさと希少具合があり得ないレベルで同居していた。それはもう、それだけでこれまでの仕打ちなどなかったことにしてもいいと思えるほどに。
沖田の問いに頷いて返事をすれば、
「おはよーございやす、せんせ」
これもなかなか見られない穏やかな笑顔とともに、朝のご挨拶。
「おはよーおじゃいやしゅ、ちぇんちぇ」
その横からは、満面の笑みで、やっぱり朝のご挨拶。
なのでこちらも。
「おはよー。沖田、ふう」
意識をせずとも笑顔で朝のご挨拶だ。
朝の陽光のせいだけじゃなく、温かい空気が満ち溢れているかのようだった。
が、しかし。
それでも依然として腹の上を圧迫されていることに変わりはなく、気持ち悪さと苦しさは飛んでいってくれなくて、笑顔はすぐに苦悶の表情に打って変わった。
「頼む、ふう、どけ…て……」
息も絶え絶えに訴えれば、やれやれといった様子で沖田がふうを抱き上げてくれた。
ようやくなくなった圧迫感に、体を起こして深呼吸をする。
そして何気なく横目で見た時計の針が指し示すのは、とっくに過ぎた起床時間。
「……マジでか」
「だからさっきから言ってるでしょーが。遅刻するって」
いやそれ最初の一回しか言われてません、という反論を口にする間すら惜しく、起き上がって支度に取り掛かった。
銀時が超特急で着替える中、後ろではかわいこちゃんたちがのんびりとお話をしている。
「ちこく?そーちゃ、ちぇんちぇちこく?」
「うん。せんせーはぐーたらだから遅刻だって。ふうはあんな風になったら駄目だかんな?」
「ふぅ、遅刻ない!ちぇんちぇない!」
「よーしいいコだ。そーだよなー、せんせーないよなァ」
「ふぅいいこ!ちぇんちぇない!」
「ちょ、俺全否定すんのやめてくんない!?マジで泣くぞこのやろう!」
半分焦り、半分切なさで溢れる涙に蓋をして洗面所へ向かう。
銀時に続いて寝室を出た二人は、相変わらずのんびりと、そこだけ時間の流れが違うかのようにゆっくりとした足取りでキッチンへ向かう。
銀時が身支度を終えた時には、予め用意されていたのだろう朝食がテーブルの上に3人分並べられていた。ご飯に味噌汁、焼き魚、豆腐にサラダと、簡素ながらも和食でしっかりした朝食がここでの基本だ。
沖田が作るこの朝食をとるようになってから、銀時は体の調子が非常にいい。
起床時間を過ぎて起きたにも関わらず、朝食をとる時間がきちんとあるのは、沖田がそこまでちゃんと計算して起こしてくれるからに他ならない。
幼児の世話もあるのに、朝から食事や起床の面倒まで見てくれて、しかもこれがほぼ毎日なのだから、銀時はその意外な勤勉さに最初は随分と驚いたものだ。有り難いとも思うし、愛しいとも思う。
なんていいオヨメサンなんだろう、と本人には絶対に言えないことを思っていたりもする。何故言えないかというと、それは簡単で、沖田が女扱いされるのを極端に嫌がるからだ。銀時としては別に女扱いしているわけでもなんでもないのだが、そう捉えられてしまう可能性があることは重々承知しているので――。
その沖田は、テーブルの向かい側で、自分とふうの食事を交互にうまく両立させている。慣れたものだ。
時間に余裕がある時や夕食時などは銀時がふうに食べさせてやることもあるのだが、これがなかなかうまくいかない。スプーンで食べることを覚えた幼児は、自分で食べたがる。そのくせ上手にすくう事ができないから、こぼしたり癇癪をおこしたりで、それに真面目に構っていてはとてもではないが自分の食事をする余裕などない。だから、適度に手助けをして適度に放っておくのがコツだと沖田は言うのだが、銀時にすればその適度というのが難しかったりするのだ。
それを訴えれば、「経験の差でさァ」と軽く返されてしまう。
そしてその差を実感するたびに、銀時は沖田が今のように幼児の世話をこなすようになるまでの苦労を思わずにはいられない。
沖田がふうと二人で暮らし始めたのは彼が二十歳になる前らしい。その頃ふうはようやくつかまり立ちができるようになったばかりだったというから、赤子の世話を任されて途方にくれる姿は想像に難くない。
それに比べれば自分などまだ数ヶ月にも満たない経験しかしていないのだ――しかも大半は沖田任せなのが現実だ――、敵わなくて当然といえば当然といえた。
――このコは、ホントに…。
なんて良妻賢母なんだろうか、と改めて思う銀時なのである。
やはりこれも沖田には言えないのだけれど。
「先生、そろそろマジで時間ですけど」
「げっ」
「ちぇんちぇ、ちかんだよ」
「なんですとー!?」
沖田とふうの声に内に向かっていた意識を外に戻せば、確かに今度こそ出勤時間が迫ってきていた。
というか、幼児の言葉は時々非常に心臓に悪い。
苦笑いの銀時と、こちらは正直に面白がって笑っている沖田と、にこにこご機嫌のふうと。
驚くほど穏やかで優しい時間が流れている。
今でも信じられない時がある。これは夢ではないかと。
沖田がいて、その沖田そっくりの子供がいて、自分と温かい家庭を築いて、こうして笑っている。
夢のような現実――。
「じゃ、今日は俺がふうを迎えに行くから」
玄関に見送りに来てくれたふうの頭を撫でてやりながら沖田にそう告げる。
「ああ、今日早いんですっけ」
「試験中だからな。現国もう終わって暇だし、たまにはさっさと帰ってもいいっしょ」
本当はいいわけないのだが、幸運なことに銀時の勤める職場は存在自体が出鱈目のような高校なので、全く問題はない(ことにしている)。
「相変わらずテキトーな先生でさァ。生徒がカワイソ」
「適当っていうのは、ちょうどいいって意味もあるんだよ、沖田クン。俺はあの高校に見合う働きをしてるんだから、それでいいの」
「さいですか」
生徒に言い聞かせるように言えば、沖田は悪びれもせずに首をすくめて見せた。
「ほんじゃま、お気をつけて」
「おきおつけて」
「おう、行ってくらァ」
可愛らしい顔二つに見送られて、今日も元気に出勤する。
これが、いつの間にやら当たり前になっていた、朝の風景。
そして今日も一日が始まる。
ちょっと特別な一日が。
だって今日は7月8日だ。
銀時の中心に居座る、大切な人の誕生日。
そもそものはじまりは、仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、沖田に再会したことだった。
沖田総悟は銀時が初めて担任として請け負ったクラスの生徒だった。
初めてづくしでいっぱいいっぱいの中で、沖田はあまり目立たず手もかからず、成績もよく見た目もよく、当時の自分にとっては非常に有り難い、でも何故か気になる生徒だった。(それはあくまで銀時の感想であって、大多数の教師には沖田は扱いにくい生徒の代表として敬遠されていたようだったけれど。)
その沖田が卒業したのが数年前。
それ以降、一度も会うことのなかった沖田と、自宅近くのコンビニで突然遭遇したことにも驚いたが、もっと驚いたのは、その沖田の足元にまとわり付く小さな存在だった。
沖田よりもほんのすこし白い肌と、沖田よりもちょっとだけ濃い色合いのさらさらの栗毛と、沖田と同じ大きな瞳を持ったその幼子は、ひと目でその血縁を確信するほど沖田に似ていた。
「……沖田?」
呆然とする銀時に遅れて気付いた沖田は、大きな目をさらに見開いて驚愕したまま言葉がでないようだった。
二人の沈黙を破ったのは、沖田に似た小さな幼子だった。
「わたあめ!!」
その時のことを思い出すと、銀時は苦笑いを隠せない。
あの時、銀時を指差して「わたあめ!」を連呼する子供に、銀時は最初動揺もあってそれが自分の銀髪天パ頭を指していることだとわからず、更に沖田が弾かれたように大笑いをしだしたものだから、その珍しさも手伝ってしばらく一言も発することが出来なかった。
(何しろ、沖田があんな風に大声を出して笑うところなど見たことがなかったのだ)
沖田の笑いが収まった頃、銀時の頭も再起動し始めて、ようやく交わした会話が、
「相変わらず絶好調にくるくるですね、先生。全然変わってねェから逆にびっくりしやした。いつになったらストパかかるんですか」
「おめぇも全然変わってねェな、その生意気な口調といい。羨ましいなら交換してやろうか、そのさらさらストレートと」
だったのだから、なんだかなぁと思う。
沖田の在学中もたぶんこんな感じだった。先生と生徒というよりも、同級の悪ダチのような気安さが沖田にはあった。その一方で、妙な近寄り難さを感じていたのも事実だ。興味はあるが、必要以上に近づかないし関わらない。それはこれ以上親しくなってはいけないと、半ば強迫観念のように自分に言い聞かせていたからなのだと今なら理解できる。教師と生徒の垣根を越えてはならない、と。
思えば、気付いていなかっただけで、銀時は当時から沖田に惹かれていたのだろう。
数年経って、沖田と変わらずに会話ができていることに、ほっとしていた。
改めて沖田を見てみれば、その外見は卒業時とほとんど変わっていなかった。無造作に整えられたさらさらの髪も、色素の薄い色合いも、大きな目も、スラリとしたシルエットも、僅かに見下ろす身長までも記憶の中の沖田と一致していた。
ただ、違っていたのは、見慣れない私服姿と、足元の存在。
その、沖田の足元のミニチュア沖田は、指をくわえて銀時の頭を凝視していた。その時の銀時には解らなかったが、恐らく物欲しそうな顔をしていたのだと思う。
何しろ「わたあめ」疑惑は未だ解けていなかったので。
その疑惑については、「疑問を解くには実践あるのみでさァ」と言う沖田が子供を抱き上げて銀時の頭に触れさせたことでようやく解けることになったのだが、その際、ひっぱられたり、クンクンと匂いを嗅がれたり、あまつさえ乱暴に引っこ抜かれた髪を口に入れられそうになったのには、本気で泣きそうになった。ちなみに、引っこ抜かれた銀時の大事な大事な髪数本は、子供の口に入る前に沖田によって阻止され床へと捨てられお陀仏した。南無。
その後、コンビニを出ても別れがたく、なんとなく並んで歩いていると、沖田がコンビニで買ったらしい季節限定のチロルチョコをくれた(ただし一個だけ)。
「お、サンキュ」
「天パとはいえ先生の貴重な髪の毛を駄目にしちまったお礼でさァ」
小さな子供にもひとつ食べさせてやりながら沖田が言う。
「お礼じゃなくてお詫びだろ。あと最初の『天パとはいえ』って余計だよね。天パだって強く逞しく必死で生きてんだよ、ただちょっと根性が座りすぎてて捻じ曲がっちまってるけど、それはそれだけ意志が強いってことなんだよ。わかったか?」
「曲がった事が大嫌い、髪も心も真っ直ぐな俺にはわかりやせん理解できやせんすいやせん」
「髪は真っ直ぐだけど心は捻じ曲がってるだろーがお前は」
軽口の応酬は、お互いにチョコを口にしたことで一時的に収まった。
少しの間を置いて、銀時はずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。沖田に対してわいた興味や好奇心を抑えようとはもう思わなかった。
「ところでその子、なにもの?」
沖田と仲良く手をつないでいる、沖田そっくりの子供の正体は未だ不明だった。普通に考えれば沖田の子供ということになるのだろうが――。
「あぁ。ほら、わたあめのおじちゃんに名前教えてやりな」
「いやいや、おじちゃんじゃないからね、おにいさんだからね」
足を止め、子供と目線を合わせるためにしゃがみこんだ沖田に倣い、銀時も屈んでその柔らかそうな生き物をしげしげと観察する。
子供は見れば見るほど沖田に似ていた。
目線の近くなった銀時を、物怖じしないでじっと見つめている。
「ふぅ、ふたっちゅれす」
「お、偉いな。ちゃんと言えたな」
えらいえらいと優しい笑顔で「ふう」と名乗った子供を誉めてやる沖田は、完全にお父さんモード全開だった。それは非常に微笑ましい光景と言えたけれど。
――え、マジで子供なわけ?
銀時はその微笑ましさよりも沖田が子持ちになっていたという事実にショックを受けていた。
その後すぐに、その子は沖田の甥で、今は諸事情により沖田が大学に通いつつ面倒を見ている、ということが判明し、安堵したのだが。
最初のわたあめの印象からか、親代わりの沖田が親しそうに話していたからか、ふうははじめから銀時に懐いていた。それは、「こいつホントはかなりの人見知りなんですぜ」と親代わりの沖田が驚くほど。銀時も一心に懐かれれば悪い気はしなかった。
沖田も沖田で、銀時にはある程度気を許しているようだった。それはふうが無邪気に懐いていたからかもしれないし、元担任という信用があったからかもしれないし、もしかしたら気を許されているということ自体が銀時の思い込みかもしれなかったが、それでも気分は上昇した。
だから、それからもなんとなく理由をつけては時々顔を合わせたり遊んでやったりした。
やがて沖田とふうの家が実は銀時のアパートから歩いて行ける距離だということが判明してからは、お互いの家を行き来するようにもなった。
元来面倒くさがりの自分が、何故自分の時間を削ってまで沖田に会うのか、ふうと遊んでやっているのか。仕事で疲れた時にも、何故ふうの顔を見ると疲れが吹っ飛ぶのか、何故こんなにも沖田に会いたくなるのか。
そんな疑問に明確な答えを見出し、更に受け入れられるようになる頃には、沖田とふうは銀時にとってかけがえのない存在になっていた。
そして、今、沖田とふうと三人で一緒に暮らしている。
ほんの数ヶ月前の出来事なのに、ひどく昔のようにもつい昨日のことのようにも思えた。
朝の宣言通り早々に仕事を切り上げた銀時は、仕事帰りに保育園へふうを迎えに行き、一度帰宅して荷物を置いてから再びふうを連れて外出した。夕飯の買い物と、予約していたケーキを受け取るためだ。
ふうを連れてスクーターに乗ることは出来ないので、自転車で出かける。
ハンドルに取り付けられた子供用の椅子に座って風を切るふうはご機嫌だ。
この子はいつも笑っている。沖田が笑わない分も笑っているかのようだ。しかしどうやらそれは沖田や銀時の前だけのようで、保育園では先生にもなかなか懐かずに最初は苦労したらしい。
それを聞いたとき、銀時は頬が緩むのを感じた。沖田に「鼻の下伸びてますぜ」と、微妙にずれた指摘をされたことも記憶に新しい。
スーパーで買い物を済ませ、最近お気に入りの洋菓子店へ向かう。
予約していたのは9号のホールケーキ。
本当は自分で作りたかったのだが、今回は時間がとれずに断念した。どう頑張っても沖田の誕生日とかぶる期末試験が心底恨めしい。
品物の確認で見せてもらった丸いオーソドックスなケーキに、ふうは興味しんしんらしい。箱に入れられその白い姿が見えなくなってもずっと目を離さない。
「あれそーちゃの?」
「そ、そーちゃんの誕生日ケーキ」
ふうは沖田のことを『そーちゃ』と呼ぶ。本人は『そーちゃん』と呼んでいるつもりなのだろうが、舌足らずのためそう聞こえるのだ。ちなみに、銀時のことを『ちぇんちぇ』と呼ぶのは、沖田が銀時を『せんせ』と呼ぶのを真似しているらしい。これについては、銀時は二人に何度も指摘して名前で呼ぶように言ったのだが(プライベートでまで先生でいたくないし、何より呼ばれる度に元教え子となんつーことを……という自責の念にかられるためだ)、「今更でしょ。先生はせんせでさァ」と沖田が一蹴し、更に「アンタだって俺のこと名前で呼ばねぇじゃねぇか。ふうだって沖田なんですぜ」と言われてしまえば言い返す言葉もなかった。沖田が改めないために必然的にふうもそのままで、銀時も今ではもういいやと諦めている。
――ほんと今更だ。恥ずかしくて本人目の前にして名前でなんて呼べるか。
つまりはお互い様なのだ。
「そーちゃのケーキ!そーちゃのケーキ!」
会計が済んでケーキの箱を受け取ると、飛び掛らんばかりの勢いでふうがピョンピョン飛び跳ねはじめた。子供は常にテンションが高い。本当に飛び掛ってこられたらたまらないので、さっさと店内を後にして自転車の籠という今現在最も安全性の高い場所へ落ち着て一息。
「沖田のケーキだけど、先生も食べるぞ」
「ちぇんちぇも?」
「そ。そんでふうもだ。皆で食べような」
「皆で食べる!そーちゃとちぇんちぇと食べる!」
「その前に、そーちゃんにおめでとうしなきゃな。今日は沖田の誕生日だから」
「うん!おめれとする!」
「いい子だ。よっし、んじゃ帰るか」
ふうを子供用シートに乗せ、出発する。
目指すは三人の愛の巣だ。
沖田が帰宅するまでの間、軽く掃除機をかけ、洗濯物を畳んで夕飯の準備をする。
ふうは銀時が動くたびにその後ろをくっついてまわる。そして休むことなく話しかけてくるが、銀時がその内容を理解できるのはせいぜい6割で、残りは外国語のように耳慣れない言語の羅列のように耳を通り抜けていく。それでも数ヶ月前よりは理解できる割合も格段に上がってきているので、少しは自分も経験値が上がっているのだろうと思う。もしかしたら、ただ単にふうの語彙が増えているだけかもしれないが。子供の成長は驚くほど早い。
ふうに邪魔されながらも家事をこなし、「なんか俺って主夫みたいじゃね?今だけ」と不思議な満足感を得ながら、沖田の帰宅に備える。
「なあ、ふうもそう思うだろ?」
「ふう思わない。ちぇんちぇまだお」
軽い気持ちで同意を求めてみただけなのに、帰ってきたのは思いがけない言葉だった。
「ちょっ!そんな言葉どこで覚えてきたんだお前っ」
「そーちゃいってた。まーだーおー」
「沖田のやろ、ふうになんて言葉教えてんだ!もうマダオなんて言っちゃいけません!」
どう考えても敢えて子供に教える必要のある言葉ではないだろう。沖田の口の悪さ、というよりもひねくれ具合はある程度把握していたつもりだったが、これはかなりショックだ。
思わぬ攻撃を受け、意気消沈してしまった銀時を更なる無邪気が襲う。しかし、今度はマダオとは正反対の衝撃だった。
「あとね、ちぇんちぇはぱぱなの」
「え…?」
顔を上げた銀時を、ふうの澄んだ大きな瞳が見つめる。
「まだおだけど、ぱぱなの。しゅふないよ」
――は?ぱぱ?
「………ぱぱってアレか、パパか?…え、パパ!?」
我ながら何を言っているのか解らない。それでもはじめて呼ばれる響きは、むず痒いながらも嫌な気はしなかった。
「ぱぱ」
もう一度、ふうが言う。にっこりと笑って。
「それも、……そーちゃんが言ってたのか?」
「うん!」
「そっか」
「うん」
得意気に頷くふうの頭を撫でてから、抱き上げる。一回二回、天井高く掲げてやると、きゃっきゃと嬉しそうに声を上げるのに満足して、今度は目線を同じくして抱き締めた。
柔らかくて温かい。子供特有の匂いも、今は快い。
「ふういいこ?」
「ああ、ふうはいい子だ」
「ふうちゅき?」
「好きだよ」
「ふうも!ちぇんちぇちゅき!」
「ああ、ありがとな。じゃぁ、そーちゃんは?」
「そーちゃも!ちゅき!」
「そっか」
「ちぇんちぇは?そーちゃちゅき?」
「もちろん。大好きだよ」
へへ、とふうが笑う。銀時も笑い返す。
今宵の主賓は、今頃くしゃみでもしているだろうか。
ふと思いついて、銀時は聞いてみた。
「なあ、先生がパパなら、そーちゃんはもしかしてママか?」
「?まま?」
その言葉を理解していないらしい様子に、銀時は苦笑する。
――やっぱり、それは駄目なんだ。
それもいいさ、と思う。ママが駄目なら二人でパパになればいい。
本当の家族じゃなくても、いくらでも幸せな空間を作り出すことはできるのだから。
もうすぐ沖田が帰ってくる。
準備をしよう。
心づくしの料理と、ふたつの笑顔で迎えれば、きっと笑顔はもうひとつ増える。
大切でかけがえのない人の、生誕を祝って。
「「そーちゃん、おめでとう!!」」
こんな幸せをくれた君に、心から感謝を――。
おわり。
沖田くんお誕生日おめでとう!
なのに肝心の沖田くんがあまり出てこないという…。
『ふう』の名前は、数字っぽいのにしたいと思って、
そういえばR●B●RN!のフゥ太って沖田に似てるよな〜ってことで決定。
だから本名はきっと沖田ふうたです。ゴロ悪。
漢字までは考えていません。
らぶらぶな坂田先生と子持ち沖田でしたv
(2010年7月8日)