- 君とデートを
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「デートしやしょう」
それは、今日万事屋に訪れた沖田くんが、真っ先に口にした台詞だった。
今日は俺の誕生日だ。
かといって自分自身では特別な日とは思っていないのだが、誕生日だからという理由で可愛い恋人と過ごせるのならば、それは十分特別な日たり得るというものだ。
数日前、かねてからお付き合いをしている(という言い方をするとなんだかむず痒いけど事実そういう関係の)沖田くんから、「当日は予定いれないでくだせェ」と言われた。
あの、自分の誕生日だって忘れちゃうような子が、恋人同士の行事や習慣に疎くて色事には滅法奥手、純粋培養箱入りのあの子が、俺の誕生日を覚えていてくれて、しかも一緒に過ごしてくれるという。
それはもう、期待するなっていう方が無理だろう。色めき立つ想いを抑えるのは本当に大変だった。
いい歳して遠足を待つ小学生みたいな心境でこの日を心待ちにしていたのだ。
そして誕生日当日。
朝から、神楽は定春を連れて近所に遊びに行き、新八は家の用事で休み。示し合わせたかのように留守にしてくれて、にやにやが止まらない。
あいつら俺の誕生日忘れてやがる、と思うと微妙な思いはわずかに残るが、それもこれからの一日を思えば気にならなくなる。
何しろ、こうして沖田くんと二人で過ごすなんて何週間ぶりだろうか。
ただでさえあちらは武装警察真選組なんつー、屯所に住み込み365日24時間勤務みたいな仕事をしているのだ。いくら沖田くんがしょっちゅうサボって昼寝しているといっても、実際は非番というのはあまり多くない。その少ない休日をこちらの予定とあわせるのも、これがまた結構難しい。万事屋だってそれなりに仕事はあるのだ。
だから、街中をぶらぶらしていれば顔を合わせることは容易だし、ちょっと団子屋で休憩とか駄菓子屋でおやつとかは一緒にできても、一日中一緒に過ごせるというのは本当に久しぶりだった。
待ちに待った、沖田くんの来訪。
足取りも軽く、玄関まで迎えに出る。
その第一声が、
「デートしやしょう」
だった。
挨拶とか祝いの言葉とか、そういうのをまるっとすっ飛ばして、デートときたか。
思わずこっちも挨拶とか出迎えの言葉とかはあさっての方向に飛んでいってしまった。
代わりに出てきたのは、「お、おう」なんていう、曖昧極まりない返事。
それでもそんな返事に満足したのか、沖田くんはひとつ頷いて、そしてようやく挨拶をしてくれた。
「おはようございやす旦那。今日も絶好調ですね、頭。一体何歳になったか知りやせんけど、その頭見てるとああ旦那は旦那だって思えて安心しやす。よかった、今日も旦那が天パで」
「よくねぇよ。全くもって絶不調だよこの頭。俺はいい加減この天パとおさらばしてぇよサラッサラになりてぇよ。あ、頭以外は絶好調だからね銀さん。おはようよく来たね沖田くん」
挨拶ついでに軽口の応酬も忘れない。これはもう習慣みたいなものだ。
慣れた会話で調子を取り戻してくると、さっきまでの高揚感が蘇ってくる。そして、目の前の恋人の姿にも目が行く。
相変わらず可愛い。ミルクティ色の髪とかくりくりの目とか、柔らかそうな頬とか、今にも食いつきたくなるくらい可愛い。淡い色の小袖と小豆色の袴もとてもよく似合っている。なんでこの子こんなに可愛いんだろ、抱きしめてもいいかな。いいよな、だって付き合ってんだし。誕生日だし。
「わっ!だ、だんな!?」
「んー、朝のご挨拶ね」
ぎゅーっと抱きしめれば、沖田くんは戸惑いつつも控えめに抱きしめ返してくれる。
「あー、やば。離したくなくなるわこれ」
耳元から項にかけて顔を埋めて沖田くんの香りに浸る。最高に気持ちがいい。
どれくらいそのままでいたか、沖田くんが身じろぎをしたことで腕の拘束を解いた。
「旦那、苦しい。そんなぎゅっとしなくても逃げやせんぜ」
「はは、そうだな。今日ははじまったばっかりだもんな」
間近で目を合せて軽く笑いあう。
「デートって、出掛けんの?」
「ええ、もちろん。ああ、でもその前に、準備があるんであがらせてもらいやすね」
そう言って、沖田くんは片手に持っていた大きな紙袋を掲げてみせた。
「……準備?」
「はい。これ、ザキに用意させたんでさァ。旦那も気に入ると思いますぜ」
「ザキって、ジミーか。なんでジミー?え、俺に?」
「それはあがってからのお楽しみでさァ」
にっこり笑った沖田くんの顔にちらちらと黒い影が見えたのは、俺の気のせいだろうか。
デートというのは、俺たちの間では耳慣れない単語だ。
お互いに人前でベタベタするのは性に合わないし、男同士でデートもクソもないということで、普段からそういう言い方をして出掛けることはない。
それに、出掛けるといっても大抵が団子屋やファミレスなどの糖分ツアーで、それは付き合う前と大して代わり映えしない。
そう考えると、味気ないお付き合いをしているということになるのだろうか。
俺はそれに不満はないのだが、沖田くんはどうなのか、改めて考えてみれば不安になった。
約一時間後。
スナックお登勢の前に、俺たちはいた。
これからデートに向かう、らしい。
いや、それはいい。好きな子とのデートなんて喜びこそすれ厭う筈がない。デートよドンと来いだ。
問題は、他にある。
「大丈夫、安心してくだせェ。ちゃんと住み分けはできてやす。新八クンともチャイナとも話はつけてますから。旦那の誕生日、昼間が俺で夜は万事屋」
「なんだそりゃ。本人不在で勝手に何決めてんの。つか、住み分けって何ソレ?聞いてねぇよオイ」
「アレ、メガネに聞いてやせん?ちなみに、晩飯の後ケーキ食べるそうなんで、デートではパフェ食いましょうね」
あ、パフェかぁ、いいなぁ。デートで沖田くんとパフェっていいかも――と、いけね、思考がトリップしちまった。もといもとい。
聞いてやせん?って上目遣いで小首かしげても聞いてないもんは聞いてないからね。住み分けって、道理で朝からあいつらどっか出かけてったわけだよ。くそ、いっぱい食わされたわ。
「いやそれよりも!それ絶対逆だよね。恋人いるなら、普通は昼間家族と祝って夜は恋人といちゃつきつつ甘い夜を過ごしちゃう的なのが誕生日じゃね?」
なんだそれ、それじゃ、一日沖田くん独占できるって喜んでた俺の純情はどうすればいいんだコノヤロー。日が沈む頃にお帰りって、どんな清いカップルだよ。門限早すぎるだろ。小学生か俺は。
「だって、俺明日早番ですし」
「早番なら今夜は空いてるじゃねーか。晩飯もうちで済ませりゃいいじゃん」
「駄目でさァ」
「なんで」
「帰り難くなる」
「……」
「夜に旦那を見たら、止まらなくなるから…」
だからその前に帰りやす。
ちょっと俯き加減で小さく告げられたその言葉に、ぷつんと俺の中で切れた。
「え、ちょ、旦那?」
「帰ろう。今すぐ帰ろう。うち行こう。今すぐ。銀さん昼間だけどもう止まんない」
引っ張られた腕を逆に引っ張り返して沖田くんは抵抗してくる。
「旦那!だめったら!今からデートすんですから!」
「あ、そっか。デート」
記念すべき初デート。でも乳繰り合うのも捨てがたいんですけど。
恨めしい目で訴えてみるが、沖田くんの意思はデートで固まっているようで、頑なな意思は変わらないらしい。無駄な抵抗を知って、仕方なく思考をデートに向ける。
そう、デート。
思い出した、大問題。
「なあ、聞いてもいい?」
「なんですかィ?」
「なんで俺がこのかっこ?」
「似合ってますぜ」
「似合ってねぇよ。似合ってたまっか」
問題も問題。
俺は女装をしていた。
女物の着物にツインテール、分厚い化粧。思い出したくもない、カマッ娘倶楽部でしていたような、所謂『パー子』の格好だった。
「えー、ほんとに似合ってんのに」
18歳男子が「えー」とか言うな。可愛いから。
そう、可愛らしい顔で小首を傾げて俺を見上げている沖田くんは、訪ねてきた格好のままの袴姿だ。
対して俺は、振袖姿の女の格好。
なんだこれ、絶対におかしいよね。色々と間違ってるよね。
「だって、せっかくデートすんなら普段できないことしたいじゃないですか。でもラヴイチャするにゃ男同士じゃ目立っちまう。そしたら旦那が女になるしかねぇじゃねーですか」
「いやいや違うだろ。仮に沖田くんの言うとおり男同士じゃ目立つからどっちか女装するにしても、絶対俺じゃねぇだろこの場合。どう考えても沖田くんでしょ。100人が100人全員そう答えるって自信あるよ銀さん」
「はは、いやだなァ。照れねぇでくだせぇよ旦那」
「照れてねぇよ。むしろ恥ずかしがってんですけど」
「恥じらいなんて、大和撫子の鑑じゃねぇですか。なりきってんなぁ旦那」
「おいー、俺の言ってること聞いてますか!?理解してますか??」
「旦那、綺麗でさぁ」
「う、嬉しくねぇからな、ああっ、もう!!」
滅多にお目にかかれない沖田くんの邪気のない笑顔を向けられちゃ、降参しかないじゃないか。
もう、どうにでもなれ。
街中を、ゴツい大女と、可愛らしい男の子が並んで歩いている。
「なんか……周囲の視線が……痛いんですけど……」
あちこちから突き刺さるような好奇の視線が止むことなく向けられて、まるで針のむしろだ。
「そりゃ旦那が綺麗だからでさァ。すげーや旦那、こんな注目浴びるなんて、そこらのアイドルなんて目じゃねぇや」
「確かに注目浴びてっけど、それ完全に違う意味でだよね。アイドルじゃなくてお笑い芸人的な注目だよね」
「ああ、なにあの珍獣〜!みたいな」
「そうそう珍獣、――って珍獣はないだろ珍獣は」
何この子、実は腹の底であざ笑ってんじゃねぇの?ドSなだけに。
「冗談ですよ、冗談。ほんとに綺麗ですよ、旦那」
そういう沖田くんの方がずっと綺麗なのになぁ。
ほんとに、何で俺が女装してんだろ。
脱力してる俺を見て何を思ったか、沖田くんは気遣わしげに声を掛けてきた。
「腕、組んでもいいんですぜ」
「……」
え、何言っちゃってんの?
一瞬固まって、再度沖田くんを見れば、ちょっと期待を込めた目でこっちを見ている。
この子には珍しく、感情が素直に表情に出ている。あ、可愛い。
見惚れていたのと言われた意味を図りかねていたのとで返事が遅れると、今度は何を思ったか。
「じゃなきゃ、こっちのがいいですかィ?」
鎖つき首輪を取り出してきた。
それってあれじゃん、いつだったかドSコートに使ってたやつじゃん!
一瞬脳裏に浮かんだのは、首輪を付けて鎖に引かれる女装した自分の姿。冗談じゃない。
「ううううう腕、組もっか!ううん、むしろ組んでほしいな、てへ☆」
「しょうがねぇな、じゃ、腕組んでいいですぜ」
自分よりも背の低い沖田くんの左腕に右腕を絡ませる。こうなったらとことんやってやろうと、思い切り身体を擦り付けるようにして組んでやった。
うん、まあ、擦り付けるような豊満な乳なんて持っちゃいねぇんだけどな。
それでも、沖田くんはちょっとこっちを見た後、すぐに目線をそらせていた。あれ、もしかして照れてる?うわ、可愛いな。
こういう反応を見ていると常にない発見があって楽しい。
割り切ってしまえばこの状況もそれなりにいいのかもしれない。周囲の視線を気にするなんて俺ららしくないし、マイペースに行くか。
つーか、沖田くんてもしかして首輪と鎖常備してんの…?
なんだかんだいって、不釣合いな二人によるデートは楽しかった。
行き慣れた甘味屋も、格好が違うだけで気分も違って新鮮だったし、パフェも美味かった。
エスコートしてくれる沖田くんは慣れていないわりには様になっていて、思わずドキッとしたりもした。まあそれも抱きしめたい食っちゃいたいっていうドキッなんだけどね。気分はいつでも狼だよ銀さんは。
俺の誕生日というとこもあって、いつも以上に沖田くんは甘味を奮発してくれて腹もいっぱい満足している。今日ばかりは糖分制限もなしだ。
宣言通りベタベタと引っ付きながら歩いて、遊んで、気付けば日も傾きかけていた。
疲れた足を休めるべく、茜色の公園のベンチで隣り合って座ったところで、俺はかねてからの疑問を聞いてみることにした。
なんで、急にデートと言い出したのか。今まではそんなこと一回も口にしたことなかったのに。
沖田くんは少し躊躇いがちに話してくれた。
「近藤さんがね、言ってたんです。姐さんとデートしたいって」
「ゴリラが?」
「ええ、ゴリ…近藤さんがです」
「今言い直したよね」
「ゴ…近藤さんは、好きな人とデートしてその人を皆に見せつけたいんですって」
「確実に言い直したよね」
「近藤さ…ゴリラがそうってことは、世間一般の男もそうなのかなって」
「なんで言い直した?何気にひどくね?普通にゴリラって言うのの十倍ひどいよね」
「旦那ぁ、聞いてやすかィ?近藤さんがゴリラなのは今更でしょう」
「それ近藤が聞いたら泣くぞ。って、聞いてますよ、照れ隠しだってば」
つまりは、あれか、沖田くんにとって身近な存在である近藤が好きな人とデートしたいと言ったから、俺もそう思ってるのかもしれないって、考えちゃったってことか。
「旦那だって、たまには大手を振って街中でいちゃつきたいって思うこともあるでしょ。それには、俺は男だし、目立っちまうし。だったら、どっちかが女の格好すれば問題ないじゃないですか。誕生日くらい、肩身の狭い思いさせたくないし、偏見の目にさらさせたくない。もともとは、俺が旦那に迫ってできた関係だから。旦那はもともとノーマルなんだ。だから…」
「バカだなぁ、お前は」
俺が選んだのは女とか男とか関係なく、沖田くんだからなのに。
沖田くんだから、男とか女とか関係なく好きになったのに。
世間の目なんて関係ないんだよ。
好きならそれでさ。お互いが納得していれば、男だって女だって関係ない。
俺たちの場合は、たまたま男同士だったてだけで。別に禁忌を犯しているわけでもない。恥じることは、なにもないのだから。
「俺は仕方なくお前と付き合ってるわけじゃねぇし、無理してるわけでもねぇよ。付き合いたいから一緒にいるんじゃん。そんなの、気にしなくていいんだよ。他人は他人。俺たちは俺たちでいいんだよ」
でも、沖田くんが俺のことを一生懸命考えてくれたっていうのは、やはり嬉しいことで。
「なあ、まだ聞いてないんだけど」
「え?」
「今日は俺の誕生日なんだからさ」
沖田くんは、綺麗な笑顔で。
「お誕生日、おめでとうございます、旦那」
そして、女の姿の俺を抱きしめてくれた。
沖田くんの胸は、あったかかった。こうして抱きしめられるのも、たまにはいいかもしれないな。
「つーかさ、今日は別の意味で肩身狭かったし偏見の目にさらされたような気がしないでもないんだけど…」
「気のせいでさァ」
「気のせいじゃねーよ。あの視線を受け流せるお前の神経の図太さに感動するわ」
「旦那だって人のこと言えないでしょ」
「まあな。じゃあさ、次は沖田くんが女役になってデートしようよ」
「いやでさァ。それじゃ面白くねぇ……じゃなかった、つまんねぇでしょ」
「言い換えた意味わかんねぇよ。どっちも本音でてっかんね」
「何言ってんですか。だって、旦那の方が似合うもん。次も旦那が女役で」
「いやいやいや、絶対に沖田くんの方が似合うね。次こそは沖田くんが女装で」
「えー、俺毎回夜は女役なんだから、こういう時くらい代わってくだせェよ」
「だーめ。それとこれとは別ですー」
「ぶー、旦那のケチー」
「ぶーとか言っても可愛いだけですからー」
お持ち帰りしちゃおうかな、ほんと。
お陰で楽しい誕生日を過ごせたよ。
来年は、絶対に俺の女装は阻止するけどな。
おしまい。
銀さんはぴばvv
今年は糖糖糖の日ですね!
(2010年10月10日)