- 恋におちる
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「旦那ァ」
「んー?」
「『恋におちる』ってーのはいったいどこに落ちることを言うんですか」
「……は……?」
「だから、『恋におちる』でさァ」
「……はぁ」
「落ちるって、どこに落ちるんですか」
「……いや、どこっつーか…」
突然の問いに、酒を口にする動きが止まった。
万事屋の二階の屋根の上である。「月見でもしましょうや」とやってきた沖田とともに酒を酌み交わしていたのだが。
真意を図りかねて傍らの沖田を見れば、思いの外真剣な眼差しでこちらを見ていた。そのでかい目にちょっと気圧される。
さっきまでいつもの能面のようなツラで月を見上げていたというのに。
「どうしたの、藪から棒に」
十三夜の月を肴に自宅の屋根で二人酒を酌み交わしていたところにらしくない質問、らしくない表情。
誰だって驚くだろ。
「ドS王子ともあろうものが」
「ドSは関係ねぇでしょう」
沖田は「いーからさっさと答えなせェ」と急かしつつも、空になった杯に酌をしてくれた。
揶揄したことに拗ねているのか、尖らせた口がなんだか小動物みたいで可愛らしい。無表情とは違うが、先程の真剣な表情は影を潜めていてホッとした。
あの顔は苦手だ。
いつもの雰囲気に戻ったことにほろ酔い気分も手伝って、口も軽くなる。元来酒にはあまり強くない。
「そーねー、恋ねぇ」
「そう、恋」
「ちなみに、鯉とか濃いとかじゃねぇよな?」
「旦那、字面見なきゃわかんないような質問はしないでいただけますかィ。鯉も濃いも発音おんなじだから」
「ああ、悪ィ。魚の鯉とか色が濃いとかの『こい』ね」
「はあ、違いますよ。つーかおちるっつってんのに鯉とか濃いのわけねぇでしょう」
「まあそうだよな」
「俺の言ってる恋っつーのは、旦那がこいつらにしてるようなやつでさァ」
そういって沖田が示したのは、丁度俺たちの間にあった団子。沖田が酒とともに持参した甘味だ。
「いや、確かに糖分愛しちゃってるけど、ないと生きていけないけど、でも恋してるって言われると否定したくなるのはなんでかな。しかもこいつらとか複数形で言われるとまるで銀さん遊び人のチャラ男みたいでなんか微妙なんだけど」
「なーに言ってんでィ。遊び人も遊び人でしょう。アンタがしょっちゅうパチ屋で浮気してんの俺ァ知ってんですからね。団子がアンタのこと待ち続けて泣いてんの何度も見てきてんだ。言い逃れは許さねェぜ」
「ええっ、いや、アレは。違うんだよ、団子ちゃんに会いたいがためのパチ屋なんだよ!より多くの団子ちゃんと相見えるためには必要なことでね」
「そうやって言い訳して、毎回パチ屋に有り金全部貢いじまって団子とは会えずじまい。わかりきった結末でさァ」
「でもそんな時は沖田くんが俺と団子ちゃんの間を取り持ってくれるだろ」
「それは…団子が泣いてるから仕方なく」
「うん。今日もさ、団子ちゃん連れてきてくれて、銀さん超嬉しい」
「それは旦那が…っ」
「ん?」
「いえ、なんでも」
急に黙ってしまった沖田を横目に、沖田くん曰く銀さんが恋しちゃってるという団子を口に運ぶ。
あ、うまい。お気に入りの団子屋の味だ。
あそこは日中しか開いていないから、昼間にわざわざ買っておいてくれたのだろうか。
沖田と鉢合わせる確立も比較的高い団子屋だから、この子も気に入ってるんだろうけど。それにしても、月見とはいえ俺好みのつまみを持ってきてくれるなんて、性格によらず気の利いたところもあるものだ。
感心感心と程よい歯ごたえの団子を食べていると、当の沖田も団子に手を伸ばすところだった。
いつも羨ましいと思って見ているさらっさらの髪の毛が、月光に照らされて綺麗な栗色に輝いている。
「そういや、今日の月のこと、栗名月っつーんだよね」
もぐもぐと租借しながら、沖田くんは横目で説明を求めてくる。
「ほら、今日って十三夜じゃん。丁度今の時期って栗ができる頃でしょ。それで月見の時に栗を供えるから、栗名月」
「ふーん」
二人して見上げた月は、栗餡のような色をしていた。
「あ、なんかだんだん月が栗に見えてきた」
「ちょいと欠けてますしね」
「満月じゃないからな。食ったら甘いかな」
「食えるんですかィ?」
「いや食えねぇけどさ」
それでも懲りずに黄色い月を見上げていると、隣からクスッという声が聞こえる。
振り返ると、そこには沖田が微笑しているという世にも珍しい光景があった。
「そんな栗恋しくなっちまうんだったら、団子だけじゃなくて甘栗でも買ってくりゃよかったですねィ」
至極自然に、目尻を下げて微笑む沖田。
そんな希少種を拝んだのは初めてで、思わず見惚れそうになって慌てて首を振る。
いや、見惚れるとかないから。沖田だから、これ沖田だから。サディスティック星の王子様だから。
一瞬でも可愛いとか思った自分、ハイサヨナラ!
どぎまぎする心を酒で誤魔化していると、今度は沖田が「だんなぁ」となんだか妙に甘い声で呼んできてドキッとする。
いやいや気のせいだから。沖田くんそんなふうに呼んでないから。甘く聴こえるのはただの俺の脳内変換だから!
って、脳内変換で甘く聴こえるのってまずくね!?むしろやばくね!?何やってんの俺の脳みそ!
混乱に拍車がかかるこちらのことなど全く知ったこっちゃなく、沖田は至って能天気だった。
微笑はなくなっていたけれど、機嫌良さそうに手酌をしている。
「ねえ旦那、それよりさっきの質問はどうなんですかィ?」
「え、質問?」
なんだっけ?
「だから、恋におちるでさァ」
「あ」
色々と混乱していたこともあってすっかり忘れていた。
「年寄りは忘れっぽくて敵わねェや」
「ンだとー。こちとらこれでもまだピッチピチの二十代だっつーの」
「アラサーには違ェねーでしょ」
「あのね、人間若いだけが全てじゃないんだよ。果物だってそうだろ?熟して何ぼなんだよ、青い果実くん」
「腐りかけより未来があるだけマシでさァ」
「口の減らねェ野郎だなーッたくよー」
確かに目の前のこの子はマジでピチピチのティーンエイジャーというやつで、そいつから見れば四捨五入したら三十になっちまう俺はオジサン以外の何者でもないんだろう。
「旦那は超熟を自称してるくらいだから人生経験豊富なんでしょう?知ってるはずでさァ」
「いや知らねーよ。つーか超熟なんて一言もいってないからね。そもそもこのおちるって『落ちる』じゃなくて『堕ちる』だよね」
「そんな細けぇこと気にしなさんな」
「全然細かくないよね。むしろ超根幹だよね」
「まあまあ、で、どこに落ちるんですかィ?」
意地でも答えさせるつもりらしい。
というか、この子はなんでこんなこと聞いてくるのだろうか。恋になんてどうでもよさそうなツラして、実は興味津々とか?それとも今現在恋をしていて思い悩んでいるとか…?
いや、ないだろ。だってドSだよ?デートでも恋愛ゲームでもところ構わず女の子調教しちゃうようなヤツだよ?ないだろ。つーか無理だろ。
一見爽やかそうなイケメン面してるからよってくる女の子もいるんだろうけど、あの性癖をどうにかしない限りどうにもならないだろう。
そうは思えど、こんなにしつこく聞いてこられては答えないわけにはいかない、のかな?
まあ、今日の酒もつまみも沖田持ちだしね。いい気分で月見もできたことだし、悩める青少年へ手を差し伸べるくらいの甲斐性は銀さん持ってるつもりよ。
「しょうがねーなぁ。ま、そこまで言うなら、銀さん人生経験も恋愛経験も豊富だしね」
「さっすが旦那!」
沖田はパチパチと拍手で盛り上げる。
「恋に落ちるっつーのはだな…」
得意気に答えようとする俺を、沖田の期待してるんだかどうでもいいんだかわからないような目がじっとこっちを見ている。
でかい目だ。
だから、その目で見られるのは苦手なんだって…!
沖田に見つめられていると、急かされているような気分になってくる。何故か鼓動が高鳴って、無性に暑い。
脂汗だかなんだかわからない汗がたらりと背中を流れた。
「………」
あれ、てか、どこに落ちるの?
恋?恋ってなんだ?
言葉を発しようと口をあけたまま、固まる。
頭の中は真っ白。
さっきは何も考えずに「知らねーよ」なんて軽く答えていたが、実際ほんとに知らなかった。
以前近藤に爛れた恋愛しかしたことなさそうとか言われたことがあったけど、全然否定できない。
考えてみればまともな恋愛なんてしたことはない。思春期は戦争だったし。
なんてこった。
「旦那?」
「え、えーとだな」
悩める(んだかさっぱり不明だけど)青少年が待っている。
ここはなんとしても答えねば。
「えーと、あアレだ、おお落とし穴!」
「落とし穴?」
「そうそう、恋に落ちるっていうのはね、落ちるんだよね、落とし穴に。落ちちゃうの」
「マジでか」
我ながら馬鹿げた答えだと思うが、苦し紛れででた言葉に、沖田はなるほど、とうなっている。
俺が言うのもなんだけど、こんなんで納得しちゃうの?いいの?マジで?
「確かに、近藤さん見てると落とし穴っつーのわかる気がします」
「あーそっちか。なるほど確かに落ちてるわ、落とし穴に」
近藤がお妙を追いかけて結果どうなっているのか。思い浮かべれば落とし穴というのは言いえて妙な気がしてきた。
「さすが旦那でさァ。俺はてっきり落ちるのは地獄なんじゃねぇかなって思ってやした」
「はあ!?地獄??」
「へい。だって、恋すると苦しいでしょ?」
「……」
でしょ?って。首傾げてでしょ?って。
上目遣いが可愛いとか思ったのは気のせいだと思いたい。
いやいやそれよりも。
つーことは何か、さっきの沖田がこんな質問してきたのは何故かの考え、後者が正解ってか。
だって、恋すると苦しいなんて、実際にしてないとそんな言葉出てくるはずがない。しかも、どうやらあまり思うようにはいっていないような…。
「何、君そんな苦しい恋しちゃってるの?」
「んー、まあ、人並みには」
可能性としては考えていたけれど、沖田が恋なんて有り得ないと決め付けていた。だからだろうか、なんだか心にぽっかりと穴が開いたような、変な気持ちになる。
置いていかれたような、不思議な感覚。
「へー…そりゃ、知らなかった」
「言ってませんでしたからねィ」
苦しい恋をしているというのに、平気な顔をしている。いつもどおりの無表情で団子を食べている。
「地獄ねぇ…」
「ええ、でも落とし穴って聞いて、そっちのが納得しました。落とし穴ってーのは、人を騙してはめるわけでしょ。恋だってそうだなーって。落とす方も落とされる方も」
「騙すっつーのは穏やかじゃねぇが、まあ違うとも言えねぇな」
「そうやって落ちた先が地獄っつーこともあり得るわけでさァ」
「お前はそうだったわけか」
沖田は答えの代わりに酌を勧めてきた。ありがたく受ける。
「近藤さんはどうだかわかんねぇけど」
「ゴリラは穴深すぎて出てこられなくなってんだろ。出ようともしてねぇみたいだけど。大方穴の中に天国でも見てんじゃねぇの?」
「天国?」
「そう、ヘヴンですよヘヴン」
「天国かぁ。……なるほど」
「え、ヘヴンはスルー?」
再びうんうんと納得している沖田だが、顔を上げると喜色を浮かべていた。
これも珍しい、感心したような顔。
「旦那はやっぱすげぇです。確かに近藤さんはあの人的には天国に落ちたんでしょうね」
「お妙は差し詰め天使ってか」
「落ちる人によって、落とし穴は天国にも地獄にもなるっつーことですね。あ、でもそれだけじゃねぇや。おんなじ人でも時と場合によってどっちにもなり得るかな」
「そりゃどういうこった?」
「だってそうでしょ、俺ァ今地獄じゃなくて天国にいますもん」
「ん?」
「行き場のない想い抱えて途方にくれてりゃ地獄だが、そんな相手でも一緒にいられりゃ天国でさァ」
「んん?」
行き場のない想い?そんな相手?今天国?ヘヴンなう?
とりあえず、辺りをきょろきょろ見回してみた。夜中の屋根瓦。見下ろす少し欠けた月。いるのは自分と沖田の二人だけ。
「アンタと二人っきりの今だけは、俺の落ちた穴も紛れもなく天国でィ」
「マジでか」
なんでもないような顔でなんてことを口走りやがる。
想像もしていなかった事実に思考は爆発寸前だ。
これってアレか、銀さんコクられた?
にしては、コクられたこっちばかりドギマギして、コクった方は知らん顔しすぎじゃない?
呆気にとられた俺などお構いなしで、沖田は何事もなかったかのように酒を飲んでいる。今のは空耳だったかと思いたくなるくらいの普通さだ。
言葉を失ったまま数分。もしくは数秒だったか。
ブルルルと携帯のバイブ音が響いて我に返った。沖田が携帯を確認しているから、メールだろうか。しかし返信するでもなく、沖田はすぐに携帯を懐に仕舞った。
「旦那ぁ、月、綺麗ですね」
「ん?あ、ああ」
急にふられてどもってしまった。
さっきの告白めいた台詞がまだ頭を離れなくて、どうにも落ち着かない。それでも何故か沖田から目が離せなかった。
月に照らされ天を見上げる沖田。とても綺麗だと思った。
沖田が月からこちらに視線を移す。その目は、最初に恋におちるの質問をしてきた時のように真剣な眼差しをしていた。
こちらも見ていたわけだから見事に視線がかち合ってしまって、慌てて逸らす。
あからさま過ぎたかと焦るが、沖田はやっぱり俺の反応など気にしてはいないようだった。
「旦那、今日何日か知ってます?」
「えー、あー…、9日だろ」
「ぶー。違いますー」
「あ?」
「ついさっき10日になりました」
そうして沖田は嬉しそうに、
「お誕生日おめでとうございます、旦那。一番に祝えて嬉しいでさァ」
その笑顔がどうしようもなく可愛かったので。
思わず抱きしめてしまった。
どうやら俺も落ちたらしい、落とし穴。
さて、天国か地獄か?
そんなこと知ったこっちゃない。
とりあえず、今はヘヴンです。
おしまい。
今年は銀誕イヴが十三夜です。ちなみに満月は12日。
恋におちるのネタはバンプからいただきました。
落とし穴とか地獄とかヘヴンとか、全部彼らの発言。
素敵過ぎるvv
銀さんお誕生日おめでとうございます!
ついでに昨日はチャマさんのお誕生日v
(2011年10月10日)