雪のツバサ
雪のツバサ






今年最初の雪が街を白く染め上げた。

雪だ雪だとはしゃぐような子供ではないが、天上からはらはらと舞う雪はやはりどこか幻想的で、ほんの少しだけど心が沸き立つ。
静かな雪の音に誘われて部屋を出てみれば、庭にはかすかに雪が降り積もり始めている。地面を白く塗りつぶしていく様が、ちょっと前にあの人が作ってくれたケーキにかかっていた粉砂糖みたいで、自然と笑みが浮かんだ。

今頃何してるかな。

深夜といってもいいこの時刻、あったかい布団にくるまっているか、それともどっかで呑んだくれているか。
数日前に会った時に嘆いていた経済状況では、後者の可能性は低い気がする。
だとしたらやっぱり饅頭のようにうずくまっているのかもしれない。寒がりのあの人のことだから、きっとふわふわの頭のてっぺんから足の先までをだんご虫みたいに丸めて、布団の中でぬくぬくしているんだろう。
幸せそうな寝顔が目に浮かんだ。

思わず笑いがこぼれたのと寒さに震えが走ったのはどっちが早かっただろう。
腕を伸ばせば指の先に降り積もる雪。
凍えるような冷たさは、あの人のあったかい温もりを恋しく思い起こさせる。

一緒に寝たらあったかいのになぁ。
あの煎餅布団ではあったまるのには限界がある。一人では。きっと。
だから、ちょっとでもいいから、あの人が温もりに満足していなければいいと思う。暖を欲していればいい。
俺を、恋しく思ってくれたら…。

なんとも女々しい願望に嘲笑する。我ながらなんと浅ましいことか。
こんな冷たく硬い身体をあの人が欲しているはずもない。あの人がこの身にかける情けは、ほんの気まぐれのものでしかないのに。
どんなに言い聞かせても、厚かましい重いは尽きることを知らない。もしかしたらと思ってしまう。

ああ、この雪のように、白く潔く。
なにものにも汚されない強さがあったなら。

それはまるであの人のような――。


「沖田くん」


しんしんと降る雪。
その白の世界に紛れ込んだ白い影。

「――うそ……」

目を疑った。いや頭を疑った。
ついに幻まで見えてしまったのかと。

「すごい雪だな」

「だ…んな?」

「うんそう。沖田くんの旦那様ですよ」

何度瞬きをしても、目を擦っても、消えない。
しんしんと降る雪の中、寒そうに縮こまりながらもしまりのない笑顔を振りまいてきたのは、思い焦がれていた旦那その人だった。

「なんで…」

頭の中で思い描いていた人が突然現れたことに、思考はまったくついていかない。
ただただ驚くしかできなくて、まともな言葉を継ぐことすらできなかった。

「なんでって、あんまりにも寒いからさ。銀さん我慢できなくて沖田くん家まではるばる夜這いに来ちゃった」

サクサクと雪を踏みしめながら近づいてくるその人。
一体これは現実なのだろうか。

「それにしてもそんな寒そうな格好で何してんの。まさか銀さんが来るの待ってたとか?すげぇじゃん俺ら以心伝心。期待通り来てやったんだから関係者以外立入禁止とか固いこと言うんじゃねぇぞ。追い返してもまた来るからね銀さんは。こんな寒い日は沖田くんなしじゃ一睡たりとも眠れませんから」

未だ夢見心地な俺を置いて、口達者なその人はぺらぺらと言葉を紡いでいる。
聴きなれた声は低く耳に響いて心地いいが、流れてくる言葉は古典音楽のようだ。要するに理解できない。
目の前までやって来た人は、傘をたたんで縁側に立てかけると、こちらを見上げて手を伸ばしてきた。

「ほれ、わかったらさっさと部屋に上がらせて健気な恋人をあっためなさい」

伸ばされる手、触れる指先。
それは夢幻でもなんでもなく、確かな感触を持って俺の意識を刺激した。
息遣いが聴こえるほどに近づいて、触れて、ようやく気がついたのだ。

これが自分に都合のいい妄想ではなく、現実なのだと。
本物の旦那が俺に会いに来てくれたのだと。

「って、どうしたの!?なにこの指!氷?」

大げさなほどのリアクションで驚いている旦那の手だって氷のように冷たかった。
良く見れば、その手も鼻も耳だって真っ赤でかじかんでいる。

「うげっ、沖田くん全身超冷たいじゃねェか!」

慌ててブーツを脱いで縁側に上がりこんできた旦那に抱きしめられる。
冷え切った旦那の手が肩や頭に触れるのに、不思議と冷たくなかった。

「まったくよー、何時間突っ立ってたんですかこの子は」

自分の氷のような手で触れて冷たくないだろうかとおそるおそる腕を背にまわすと、旦那は更にギュッとしてくれた。まるで「もっといいよ」って言ってくれているみたいに。

「だんな」

「んー?そんなに銀さんが恋しかった?しょーがねぇな、銀さん色男――」

「うん、恋しかった」

「……沖田くん?」

「旦那が恋しくて恋しくて、仕方なかった」

この人があっためてくれたのは、手や身体だけじゃなかった。
頑なな心が溶かされてしまえば、残るのはこの人への気持ちだけ。

こんなにあったかくて優しい人、俺なんかにはもったいない。
でも、そんな人が手を伸ばしてくれたのだ。こんな自分に。
どうしようもなく愛しくて、嬉しかった。


「馬鹿だなぁ。俺も、沖田くんが恋しくてこんなとこまで忍んで来ちまったってーの。

――だから、泣くな」


大好きな人の、大好きな温もりが冷え切った身体を包み込んでくれる。

視界いっぱいの雪。
でもこの白銀は冷たくない。


今夜はふわふわの布団一緒に眠ろう。
ふたりでくるまれば、寒さなんてきっとどこかへ飛んで行ってしまうだろう。

そしてぽかぽかの夢の中へ。




「あったけぇ…」








おわり。














雪が降ったので。
以前お友達の桜井兼定ちゃんに送りつけた文をちょこっと加筆して載っけちゃいました。
銀さんは沖田くんの心の糧なのよ。
タイトルはあにたま名ED曲からいただきました。


(2012年2月29日)