- だって可愛いんだもん。
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面倒な試験もようやく終わった。
我がクラスの奴らの出来は…推して然るべしというやつだろうが。うん、いろんな意味で終わったよね。
そんな問題児だらけの中でも群を抜いているのが、今目の前にいる奴だ。
見た目だけならアイドルみたいな顔をした、俺の恋人――沖田総悟だ。
あ、別に見た目で選んだわけじゃないからね。まあ確かに顔は好みだけど。むしろかなりタイプだけど。実のところすっげー好きなんだけど、別に顔だけじゃない。さらさらの柔らかい髪もね、いい線いってると思うんだな、これが。
でもほら、外見だけが大事なわけじゃないじゃん。付き合うとなると、むしろ外より内のが重要だったりするじゃん。
この子はね、可愛いんだよね、中身も。
生意気で我がままで自分勝手で素直じゃなくて馬鹿でドSで普段は可愛げなんてカケラもないんだけど、そんな子がどこをどう間違ったんだか三十路間近のオッサン教師に一途に想いを寄せてくるわけよ。
他の奴には無愛想な面を、俺の前では頬染めちゃったりしてさ。
「せんせぇ好きでさァ」なんて言われてみなって。
そりゃ可愛く思わないわけないじゃん。堕ちるに決まってるじゃん。
歳の差も性別も禁忌も飛び越えてモノにしたくなるってもんだろ。
目の前にとびきりのスイーツぶらさげられて糖分王が食いつかないわけがないわけで。まあ、そんな感じで付き合いだしたわけだけれども。
明日はそんな可愛い恋人の誕生日。
こいつの誕生日を知ったときは、うっわ定期試験真っ只中なんて可哀相な奴もいたもんだって思ったものだが、今年はカレンダーの事情で試験日を免れた。しかも日曜日。
試験は金曜で終了。こいつは試験勉強から、俺は試験作成や監督から解放されて思う存分イチャつけるってことで、誕生日前日の土曜日の今日、沖田を自宅に呼んでいる。
目の前で読み古したジャンプを読んでいる可愛い教え子に、俺は明日の計画を伝えようとしていた。
なんだか無駄に緊張する。
思えばこいつの誕生日を二人で祝うのは初めてだ。
去年は試験真っ最中だったし、一昨年は出会ったばかりでまともに話したことすらなかった。一年次は受け持ちの生徒じゃなかったからな。
というか、これまで生きてきた中で付き合った奴の誕生日を祝ったことなどなかった気がする。そう思うことすら思い浮かばなかった。
誕生日ってのを特別なものとして捉えていなかったんだろうな。自分のも含めて。
それが、こいつに会ってから変わった。
沖田が産まれて今ここにいてくれることがひどく特別なことに思えて、それを感謝したくなったのだ。
こんな可愛い子が、万年金欠の天パ教師に懐いてくれたんだよ?
いくらこいつが性格悪くて貰い手の限りなくゼロに近いドS王子だって、将来有望な若者であることには違いないわけだ。
そんな子をおっさんの魔の手が捕らえちまって。あーあ日本の少子化に手を貸しちまった、なんて胸を痛めるフリもしてみたりして。
まあね、こいつの将来とかこの国の未来とかそんなことまで憂慮したところで、何があってもこいつを手放すつもりはこれっぽっちもないんだけど。たとえこの関係が沖田にマイナスに働こうが、俺を破滅に導こうが、こいつと別れることは絶対にないだろう。
おっさんの覚悟と執着はねちこくてしつこいんだよ。沖田には相手が悪かったと思って諦めてもらうしかないわな。
でな。そんな風に思える子に出会えて、手に入れて、それを有り難いって思うようになって、そしたら自然とこいつの産まれた日が特別になっていた。
誕生日を祝ってやりたくて、そうしてその機会を手に入れた俺は、柄にもなく舞い上がって浮かれていた。
だから忘れていたのだ。沖田の性格を。
こいつは自分勝手でこっちの事情なんて関係ない、記念日なんて気にしない。俺とよく似た奴だったのだ。嫌になるほど。以前の俺と。
ジャンプに夢中な沖田は自然体だ。それが一人暮らしの恋人の部屋にいる時の態度かってくらいにリラックスしている。
そんな奴に緊張なんて見せるわけにはいかない。オトナの余裕を持って話しかけなければ。
「沖田ー、明日だけどさ」
「んー」
自然体にという目論見通り、いつもどおりのかったるい声で話しかけることに成功した(たぶん)。
それに対する沖田は、聞いてるんだか聞いてないんだか悩むような、気の入らない返事で返した。
ま、返事してくれるだけましか。スルーされなかったことに安堵しつつ(どんだけ低姿勢なんだよ俺…)、なんと続けようかと思っていたところ。雑誌に向けられていた沖田の視線が不意に上がった。
俯いていて見えなかった顔が見えて、ドキリとする。
初恋真っ只中の女子中学生かよ。
自分の反応に自分でも若干引いた。
「あー…明日、どっか出かけるか?」
中二反応を誤魔化すために尋ねると、沖田はこちらをじっと見て、
「せんせ、俺明日ライブ」
と言い放った。
「は?」
意味がわからなくて聞き返すと、沖田は重ねて言った。
「だから、明日ライブなんでさァ」
「え?」
「ライブなんです」
「……え?」
「ライブだから、先生と遊べねェ」
「はあ?」
「先生にも協力してもらったじゃねーか。PUMPのチケット取るの」
「ああ、そういえば…」
記憶をたどってみれば、チケット取扱サイトに登録させられたことがあった気がする。こいつが三年に上がる前だったと思う。ずいぶん昔じゃねーか。しかも俺が寝てる間に勝手にケータイいじられてだ。
しかし、あれは俺のも沖田のも落選だったはずだ。ひどく気落ちしていてシュンとした姿が珍しくて覚えている。
つーか、こいつはその前なんつった?おれと遊べねぇとか抜かしやがらなかったか?
「アレ落ちたじゃん」
「そーなんですけどね。なんと、高杉が取れたっつって一枚譲ってくれたんでさァ!」
「ああ!?高杉ィィ?」
思いも寄らなかった名前が飛び出して、思わず叫んでしまった。
高杉というのは、うちのクラスのサボり魔で、他校の不良とも関わりがあるらしい。沖田以上の問題児だ。
「アイツもPUMP好きらしいんです。んでね、すげーんですぜ!スタンディングのいっちばんいいブロックチケット手に入れてんの!アイツはやるときゃやるやつだと思ってたんですよ。さすがでさァ。伊達に不良キャラ気取ってるわけじゃないってことですかねィ」
しゃべっているうちにどんどん声が大きく、尚且つ早口になっている。珍しくテンションが高い。
てか、不良とチケット関係なくね?
いやそれよりも。
「なんで高杉が沖田に?アノヤローなら他に誘う奴いるだろ、河上とか来島とか…」
「なんかみんな用事があるらしいですぜ。ンで余ったから、一緒に行かないかって」
言うに事欠いて用事だとォ!?河上はともかく、来島が高杉の誘い断るわけねーだろうが。ンな嘘くさい嘘ついてまで沖田誘ったのかあのヤロウ。下心丸見えなんだよ!
――というか。
「何ィィィィ!!一緒にだとー!?」
一瞬遅れて叫びだした俺に沖田は驚愕して、目を見開いてうんうんと頷いた。
「二枚取れたから、一枚もらって。どうせだから一緒に行かねーかって。並ぶの一人だと暇だし、二人のが融通利くんでさ」
そうしてスタンディングブロック指定の入場列について語りだした。
が、そんなことはどうだっていいのだ。
「で?」
「――でって?」
「行くの?高杉と」
「そりゃもちろん」
「明日何日かわかってんの?」
「7月8日でしょ。ライブの日付くらい覚えてらァ」
「違うでしょ。ライブの日じゃなくて。7月8日ってなんの日よ」
「………」
たっぷり10秒くらい考えた後、「あ、誕生日だ」とようやく気付きやがった。
「そういや今日は七夕だ」と暢気にのたまわる阿呆の子に、脱力を禁じ得ない。
なになに?恋人の誕生日だって浮かれてたのは俺だけか。
本人すっかり忘れてたって、なんだそりゃ。
がっくりとうなだれる俺に、沖田は遠慮がちに話しかけてくる。
「せ、せんせ?先生も行きたかったんですか?すいやせん、俺先生がそんなにPUMP好きだって知らなくて…」
ちっがーう!
PUMPとか俺知らねぇし、つーかそもそも音楽自体聴かないしね。
「あ、あの、明日のライブ会場音漏れ激しいから外からもきっと聴けますぜ、イマイチ盛り上がりには欠けるかもしれねぇけど、あの美声は聞けるんで、そんなにおちこまねぇでくだせぇ…」
明後日の方向に解釈したらしい沖田が必死に慰めてくれるのが温かくて、背中をさする手が温かくて、なんかもういいやって思えてきた。
こいつは俺といるのが嫌なわけでも、高杉がいいから一緒に行くわけでもなくて、たまたま誕生日と重なった大好きなバンドのライブに行きたいだけなのだ。
それに、どんなに落ち込んで見せても、どんなに慰めようとしてくれても、じゃあチケットあげますって言わないところが沖田らしい。
ほんと、好きなことには妥協しねぇよな。俺への思いも含めてさ。
なあ?可愛いだろ、俺の恋人。
時々優しくて、とんでもない馬鹿で。
「ククッハハハ!」
「せ、せんせ!?」
どうしたんでさ、ついに脳みそまでくるくるになっちまった?なんて失礼なことを抜かす奴には、お仕置き決定だ。
「いいよ、明日楽しんできな、俺はおとなしく留守番してるから」
「いいんですかィ?」
「いいよ。その代わり…」
今夜は覚悟しておけよ。
耳元で囁いてやれば、ギョッとして飛びのく。真っ赤になって耳を押さえているのが可愛くて、いじめたくなる。
耳弱いもんな、沖田クン。
「な、なんですかっ、急に!」
「んー、だってさ、先生沖田のために明日ケーキ焼いてやろうと思ってたのに。高杉とデートとか言い出すんだもん」
「…デっ!?そ、そんなんじゃねーです!ライブ行くだけでさァ!!」
拗ねて見せれば、沖田は一生懸命否定してくれる。
そんな反応されるとますます意地悪したくなるんだけど。ほんと可愛い。
「ほんとは先生といたいし、ケーキ焼いてくれるってーのも、すげぇ嬉しいし。でも、ずっと行きたかったライブで、4年も待ってたんです。だから…。明日、誕生日だけど、俺すっかり忘れてて…」
言っているうちにだんだんと俯いていって、声も小さくなって、なんか泣いちゃいそうな雰囲気になってきて、こっちが慌てた。
いじめたいけど、悲しませたり苦しめたいわけじゃない。
「わかってるって。いいから、ほら。楽しみにしてたんだろ?」
優しく頭を撫でてやれば、「うん」と素直に頷く。
そのまま柔らかい髪を何度も梳いてやっていると、沖田がチラリとこちらを見た。
何だ?と無言で即すと、「……ケーキ……」と恨めしそうにぼそりと呟くので、思わず噴出してしまった。
なんだこの可愛い生き物は!
「ケーキは今日焼いてやっから。一日早いけど」
「やった!」
一瞬で浮上した沖田は、万歳した勢いでそのまま抱きついてきた。
「うわっ」
突然のことに抱きとめきれずに背中から床へダイブしてしまった。
畳だったから大した衝撃ではなかったけれど、多少は痛い。押し倒した格好になった沖田は慌てて起き上がろうとするが、それを引っ張って胸の上に抱き寄せる。
すっぽりと抱きしめられた沖田は、最初もじもじしていたが、すぐに大人しくなった。
薄い布ごしに感じる体温と重みが心地いい。
しばらくそのままでいると、「せんせ…」と呼びかけられた。
「次のツアーの時は俺らでチケットとって一緒に行きやしょうね」
相変わらず勘違いしている沖田に指摘してやろうと目をやれば、ね?と胸の上で小首を傾げて見上げられた。
その破壊力はとてもなく、そうだな、と頷いて腕に力を込めることしかできなかった。
「そんなに嬉しいんだ…」
ほんとに好きなんですね、と腕の中でもごもごと言っている沖田に言ってやる。
「うん、好き。すげー好き」
おまえが。
「……今度CD貸しまさァ」
腕の中の体温がちょっと上がったような気がした。
とりあえず、今年一番のおめでとうは俺に言わせて。
おわり。
沖田くんおめでとう!
いつも以上に内容がない文になってしまった…。
この銀さんは3Z的な設定だけど、銀八っていうよりも銀時さんな気がする。
文中のバンドは、チキンなバンドさんのもじりです。
そご誕当日にライヴがあったので。
行きたかった……!!
(2012年7月8日)