余談。
「そういや、この制服どっから調達してきたわけ?」
胸のギャザーがだぶだぶで空しい以外は、袖の長さもスカート丈も見たところサイズはぴったりのように見える。
一見どこにでもあるようなセーラー服だが、左胸元には銀魂高校の校章も縫い付けてあって、それがパチモンではなく、きちんとした指定の制服なのは確かなのだ。
沖田くんって特別背が高いわけではないけれど、やっぱりそこらの女子と比べるとそれなりに身長はあると思うんだけど…。
「ああ、これですかィ?こらぁ借りたんでさァ」
セーラー服の上着の裾を両手で持って強調しながら言う沖田くんの顔には、見慣れたニヤニヤとした笑いが浮かんでいる。
あれ、これもしかして俺聞かないほうがよかったんじゃねーの。
ぜってーなんか企んでる顔なんだけど沖田くん。何その待ってました的な顔。
いや、そういう顔も先生大好きだけどさ。つかむしろ沖田くんならなんでもオッケーだけどさ先生。
でもなんかこう、聞きたくないな〜、でも雰囲気が聞かないでいられないっつーか、聞かなくても強制的に聞かされちまいそうな、だったら自ら死地に飛び込んだ方がまだマシ?みたいな…?
「気になりますかィ?」
「いいえ先生は気になりませんっ!」
やっぱ聞きたくねぇ!
先生嫌な予感するもん。こういう予感て当たるんだよ見事に当たるんだよ先生平穏に暮らしてーんだよだから聞きたくねっす。
「そーですかィ。実はこれ、猿飛に借りたんですぜ」
「ってウオイ!めっちゃ言ってるじゃん!めっちゃ暴露してんじゃん!先生聞きたくねーって言ってんのに白状しちゃってんじゃん!何それ聞いた意味ねーじゃん!」
「じゃんじゃんうるせーなぁ。聞きたくねーとは聞いてませんぜ」
「何その屁理屈!先生は総一郎くんをそんな子に育てた覚えはありませんっ!」
「総悟です。てか、アンタに育ててもらった覚えはねーや」
「だまらっしゃい!人がされて嫌がることをしちゃいけませんって昔の偉い人も言ってるだろーが」
「んなこと俺に言われてもねぇ。俺ァドSですぜ。せんせーもさっき言ってたじゃねーですか」
「あー…そうだった」
さっきまでいじらしくて可愛い姿を見せ付けられてたからすっかり失念してたけど、この子はサディスティック星からやってきた王子様なんだった。
人が嫌がるのを見てほくそ笑む、自他共に認める超ドSなんだった。
ついでにいうと俺もドSなので、嫌と言われるとやらずにはいられない沖田くんの気持ちはわからないでもない…のだった。
でもさ。
先生もS属性だから弄られるのなれてないんだよね…勘弁してよ。
「ド忘れですかィ。年寄りは物忘れが激しくていけねーや」
「ガキにはおっさんの気持ちはわかんねーよ。昨日の夕飯の内容が思い出せなくって必死で思い出してたら今度は何思い出そうとしてんのか忘れちまったおっさんの気持ちなんてなー、わかってたまるかってんだ」
「アンタそりゃ相当進んでますぜ」
「ほっとけや」
軽口の応酬で沸騰していた感情が落ち着いてくると、すっかり忘れていた肝心の内容を思い出してきた。
うわ、マジで記憶力退化してっかも。
「で、お前ドM女に何提供してきた?」
本題だ本題。
沖田くんが着てるセーラー服が猿飛の物なのはわかった。
確かに猿飛は沖田くんと同じくらいの身長がある。そこはいい。別に沖田くんの身体を覆っているのが誰誰のだからって文句をいうつもりはない。うんないよ。先生別に沖田くんの使用済みセーラーを独り占めしようとか、そういうことは考えたりしてないからね、うん。断じてないから。
問題は、そのセーラー服をぶんどるためにした手段であって…。
「さっすがせんせー。察しがいいや」
ああやっぱり…!なんてことしてくれるのこの子は!
何故かわからないが、猿飛はM心を満たしてくれる(らしい、本人に言わせると)俺に、処構わず迫ってくる困った生徒なのだ。
こっちとしてはまったくそんな気はないし、ほとほと困ってるんだけどね…。
これでまたなんかネタ増えたら更にしつこく迫ってくるのは目に見えていることであってね。
猿飛が俺にべったりくっついてると途端に機嫌を悪くさせるこの子が、一体なんでこんな暴挙に出たのか…。
「お前なぁ…それ自分の首も絞めてんのわかってるだろーが」
「だって悔しかったんでさァ。女だからって人前でせんせーとくっついてても何も言われねーの…」
「沖田くん…」
可愛いこと言ってくれちゃってるけどさ、実際問題ありありなのわかってないのかなーこのおバカさんは。
女だからって生徒と教師が公然とくっついてて問題にならないわけないんだよ。そのせいで先生の首飛びそうになったの一回や二回じゃないのよ?先生迷惑してんだからね?
「だから、あの女にわからせてやりたかったんだ。俺だってせんせーと公然といちゃつけるって。俺のがせんせーの秘蔵コレクション持ってるって!」
「ちょーっ!待ったぁ!何その秘蔵コレクションて!?」
「セーラー服と交換したブツでさァ」
今更何って顔してるけど、沖田くん今恐ろしいこと言ったの自覚してないでしょ!?
「ブツ!?なんかその言い方すんごい嫌なんですけどー!てか、そのブツって何よ総一郎くん!」
「総悟です」
「そーごくん!」
お願いだから教えて。
いい子だから教えて。
「どうしよっかなぁ」
「ここまで言って黙るって、どんだけサディストなの!」
「そりゃ誉め言葉でさァ」
誉めてない!誉めてないよ!
今この瞬間に限って言えば心から誉めてないから。
「沖田くんさ、先生ほんと困るから、先生がドM女に弱み握られると君も困るでしょ?先生がマゾヒストの餌食になってもいいっつーの!?」
「んな大げさな。弱みになるよなブツじゃねーから安心してくだせェ。てか駄目ですぜせんせー、マゾの餌食になるだなんてドSの風上にも置けねぇや。メス豚くらいちょちょいと踏みつけて軽くあしらってくだせぇよ」
うわ、流石ドS。すごいこといってるよこの子。将来がものすごく心配なんだけど。でも安心してね、先生そんな沖田くんでも頑張って面倒見てあげるから!
って一人プロポーズかよ!
…あ、なんか先生さみしー…。
「いやいや簡単に言うけどね、Mだからこそ打たれ強いっつーか、とにかくゴキブリ並みのしつこさなのよ?わかる?奴らは雑草の如くしぶとくこの世を生きてるんだよ?騙されちゃーいけねぇ!」
「はあそーですかィ。んじゃ、俺は腹減ったんでメシ食ってきまさァ」
突然、話は終わったとばかりに勝手に切り上げて踝を返す沖田くんに、ものすごくあわてる。
そういや今昼休みかよ!
「ちょちょちょちょちょっと待って!先生の忠告はスルーですか!シカトですか!てかいつの間に話し終わったの?え、何、ちょ、先生置いてかれてる?冷た!冷てーよ、極寒の南極の海の水よりも冷めてーよ」
あまりにもそっけない態度で去ろうとしていた沖田くんは、慌てっぷりがモロに出ている俺の声に反応して、足を止めてくれた。
ひとまず安心するが、同時に聞こえてきたかすかな笑い声に、どうにもこうにも決まりが悪くなってくる。
あー、なんだー、アレか、先生また騙されちゃったってわけかー。
「ククッ…南極行った事あんですか」
「あるわけねーだろ」
沖田くんはあっという間に目の前に戻ってきていて、大きな目をくるくるとさせて、新しい発見でもしたように俺を見つめてくる。
なんでこの子可愛いの!
「せんせーって結構単純なんすねィ」
「んなこと言われたの初めてだよコノヤロー」
心根は純情でまっすぐな子なんだけどね。
なんでこんなに意地悪なんだろうねぇ。
あれか、好きな子は苛めたいってやつか。
先生だって苛められるより苛めたい派なんだけどね。むしろ好きな子は弄繰り回したいっていうか、弄り倒したいっていうか。
でもなんか今日は駄目みたいだわ。
セーラー服の沖田くんとか、ちょっと弱気で殊勝な沖田くんとか、普段なかなか見られない姿を見せてもらっちゃって、思ったよりも動揺は激しかったらしい。
今日は完敗だよ沖田くん。先生の負け。
その代わり、次は絶対苛め返すからな覚悟しとけよ。
「まあ安心してくだせぇ。猿飛に提供したのはただの隠し撮り写真ですから」
「ほんっとに、変な写真じゃねーのな?」
「変の基準がよくわかりやせんが、まあ大丈夫じゃねーですか?」
「オイオイ適当だな」
「ま、人に見せたくないようなのを使ったりはしやせんよ。そういうのは俺の懐に眠ってますから」
「それって安心していいのかわかんねーけどな」
「お互い様でしょ」
「まーね」
「さあさ、ほんとに腹へっちまったィ。先生昼飯おごってー」
「はぁ!?自分のあるでしょーが」
「弁当だけじゃ足りねーや」
「しゃーねーなぁ。購買のパン一個だけだぞ」
「マジでか!」
「マジだコノヤロー。今日は太っ腹だ!」
「せんせー大好きでさァ〜」
「先生も沖田くん大好きだよ〜。でもその前に着替えろよ」
「えー面倒臭ぇ…」
「駄目です!着替えねーと一円たりとも出さねーから」
おわり。
沖田の秘蔵コレクションの一番は銀八先生お昼寝ショット。
「アレは誰にもみせねぇ。俺だけの先生だから」
<2007年5月20日>