わんことぼくら
わんことぼくら


午前中の授業を終え、やっとこさ昼飯にありつけると準備室で伸びをしている時だった。
ガタンと背後のドアが開く音がして、聞きなれた声がさして広くない室内に響いた。

「せんせー!」

回る椅子を半回転させて突然の侵入者に向くと、そこにはいつもとは違う様子の沖田くん。
急いでいたのか、ぜいぜいと荒い息を吐きながら入ってきたドアを閉めて背を預けている。
あまり見たことのないくらい息が上がっていて、ちょっと驚いた。

「何、どしたの。何かあったんか」

「せんせ、匿って」

「はあ?」

なんかよくわからないが焦っているらしい。
普段冷静で憎たらしいくらい表情の変わらない沖田くんがこんなんになってるんだから、きっと相当。

「せんせぇしかいないんです!マジで頼みまさァ」

そんな沖田くんが必死な顔でお願いしてくるもんだから、なんだかちょっとした優越感が湧いてくる。
「先生しか」って、なんかよくね?
頼られて、年甲斐もなくすっかり有頂天になった俺は、うっかり承諾しちまった。
理由も何も聞かずに。

「仕方ねーなぁ。まあいいけど」

「ホントですかィ!やっぱせんせーに頼んでよかった!」

つーことで、よろしくお願いしまさァ。

入ってきたばっかりの時の焦りの様子など微塵も見せずに、満面の笑みで沖田くんが差し出したのは。


犬だった。



「え、何コレ。犬?犬だよねコレ」

沖田くんが差し出したのは、さして大きくはない沖田くんの両手に抱えられた小さな犬だった。
ハアハアと千切れんばかりに尻尾を振っている。

コレをどうしろって?

「犬でさァ」

「うん、犬だよね」

どっからどう見ても犬だ。
見た感じ子犬っぽい。
犬に詳しくないからわからないけど、たぶん子犬だと思う。

「で?」

なんで犬を先生に差し出してくるの?

「匿ってくれるんでしょう?」

「え、匿うって、犬を?」

「さっきから言ってんじゃねぇですか」

「言ってねぇよ。匿えとしか言われてねーよ。犬ってなんだよ」

「ね、カワイイでしょ?」

「おーい。話聞いてるかー」

「俺はこの潰れた鼻に惹かれたんでさァ。
いつか土方のアンチキショーの鼻をこんな感じに潰してーと思ってたところでしてねィ」

「聞け!俺の話を聞け!多串くんの鼻はどうでもいいから!思う存分つぶしていいから!犬を匿うって何!?」

「こいつを俺の子分にしてやろうと思うんでさ」

「殴っていい?そのかわいいツラ張り倒してぇんだけどー!」

「せんせぇ暴行罪で訴えますぜ」

「聞こえてんなら最初から聞けよ先生泣いちゃうよ」

「んじゃ、せんせーヨロシクお願いしまさァ!」

「うおい!!」

ワンコロを俺の手に(無理やり)渡して、さっさと出て行こうとする沖田くんを必死になって呼び止める。
新手のイジメか!?
イジメだろコノヤロー。

小さすぎて壊れてしまいそうな子犬を落とさないように恐る恐る持ちながらドアに先回りしたおかげで、沖田くんはなんとかとどまってくれた。

「ちょっと、もっとちゃんと説明しなさい。わけわかんねーよ」

ちょっとマジな顔で説明を求めると、沖田くんはようやく詳細を話し出してくれた。



沖田くんの説明によると、この子犬は今朝登校中に発見したらしい。

「いかにもなダンボールに『拾ってください』って。なんとなく拾ってきちまいやした」

衰弱した様子もなく、人懐こくて、抱き上げるとハアハアと尻尾を振って手をペロペロ舐めてきたのだそうだ。
その様子にキュンと来たらしい。沖田くんの説明によれば。

「こんなカワイイやつ捨てるなんてありえねぇ」

沖田くんは本気で憤った様子でそう言った。
子犬は準備室の床でごろごろと寝っ転がっている。

今日はホント珍しい沖田くん目白押しだ。
焦ったり笑ったり怒ったり。
年相応な沖田くんはその容姿もあってとても可愛らしいけど、だからって簡単に了承するわけにはいかない。

学校に来て最初はカバンの中やタオルに包んでなんとか誤魔化していたらしけど、当然というか、1限が終わる頃にはクラスの奴らにバレてしまったらしい。
子犬の最大の必殺技・うるうる光線によって好意的に受け取られたそうだけど。

「アイツ等こいつをおもちゃにするんですぜ」

神楽はその加減知らずの怪力で子犬を抱きつぶそうとするし、腹が減ったと見るや土方はマヨを、志村姉は可哀想な卵を食わそうとするし、大変だったらしい。

「ありゃ動物虐待でさァ」

口を尖らせて言う沖田くんに、苦笑する。
ドSの王子様にも優しい心があったわけね。

「だからせんせーのところに連れてきたんでさ。こいつ腹へったみたいなんで」

そういわれてみれば、床で寝ている子犬は舌を出したり閉まったり、なんかもの欲しそうだ。
なんかそんな気がしてきた。

「せんせぇのトコならミルクあるでしょ」

まあ確かにミルクあるけどね。
ただし桃色のミルクだけど。
糖分たっぷりの。

「それと、先生今日午後の授業なかったと思ったんで」

「何で知ってんの。確かにないけどさ」

何俺のスケジュール完璧把握されてんの?
せんせいびっくり。

「ここに連れてきてもその後どうすんの?飼うの?」

「……」

黙る沖田くんに、更に続ける。
これは大事なことだ。
中途半端な気持ちで情けをかけたって、それは沖田くんのためにも子犬のためにもならない。

「飼えるの?」

「帰ったら、姉ちゃんにお願いします。だから、それまで匿ってくだせェ!」

いや、匿うの使い方間違ってっから沖田くんさっきから思ってたけど。
ほんと国語弱いよね。理系はあんな出来るのに。
先生悲しいよ。先生国語科だって知ってるよね?ここ国語準備室なんだよわかってる?
て、そうじゃなくて。

「お姉さんて身体弱いんじゃなかった?動物平気なの?」

「アレルギーとかじゃないんで。姉ちゃん昔っから動物は大好きです」

「沖田くん家は一戸建てだっけ。んじゃ、お姉さんがオッケーしてくれたら飼えるわけな」

「はい」

いつになく真剣な瞳の沖田くんにほだされてしまいそうになる。
普段見せない顔を見せられると、こう、ギャップってやつでね、そういうのに弱いんだよ俺。
俺も甘いなぁ。

「仕方ねぇなぁ」

「せんせぇ?」

大きくため息を吐くと、沖田くんが不安そうに首をかしげた。
あ、その仕草ちょっとヤバイ。
かなり男心くすぐった。
これわざとだったら萎えるけど。

「今日だけだぞ。ただし休み時間にはここに来て世話すること。明日までに了承もらえなかったらタイムアップな」

「ありがとうございます!やっぱせんせー最高!」

硬かった表情が緩んで、この子には珍しい優しい微笑みが浮かぶ。
そういう表情してると年相応っていうよりも、もっと幼く見える。
ほんと笑うと可愛いよなぁー先生ちょっとドキッとしちゃうーとかこっちまでほのぼのしながら桃色のミルクを口に含む。
くうんと、恨めしそうなつぶらな瞳でじっと見てくるちっさいワンコに「先生が先です〜」と世の中の厳しさを教えつつ甘い香りと味を味わっていると、沖田くんが爆弾発言をした。

「やったなサド丸!」

「ブッ!」

「うわっ!きったねー」

巻き散らかされたピンクの液体。
どうしてくれる俺の貴重なイチゴみるく!!




とりあえず、沖田くんのネーミングセンスは最悪だってことがよーくわかりました。












たぶん続かない。
わんこにいちごみるくあげてはいけません。
(2007年7月11日〜9月21日拍手)