- no title
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市中見回りの最中、今日も沖田は相方の土方を撒いて一人ぶらぶらと歩いていた。
この通りをもう少し進み、路地を曲がった先に沖田のお気に入りのサボり場がある。
町外れの忘れ去られたような鄙びた神社で、人気の少ない境内は木々に囲まれて涼しく、絶好の昼寝スポットだった。
今日もその神社で日中を過ごそうと欠伸をかみ殺しながら歩いていたところ、視界の外れに見知った顔を見つけた。
天人や国外の人間の密度が増している江戸でもなかなか見ない完璧な銀髪。黒のライダースーツに単を着流したその姿を見間違えるはずもなく、人目で馴染みの知り合いだと結論付ける。
見回りの最中出くわすのも珍しくはないその人物に、いつものように気軽に声をかけようとして片手を上げかけた沖田は、しかしその名を口にすることなく口をつぐんだ。
「……」
沖田の目線の先数メートル、銀髪の侍はその特徴的な死んだような目を普段より僅かに細めて歩いていた。口元は緩んで、どこか優しげな面持ちをしている。
その人物があのような表情でいるところを、沖田が見たことがないわけではなかった。近しい人たち――その多くは万事屋の従業員二人であるが――に向ける表情は時に優しく楽しげで穏やかであることは沖田も知っていた。
しかし。
今日その隣にいる人物を沖田は見たことがなかった。
その交友関係をすべて把握しているわけでもないし、年中顔を合わせているわけでもないが、沖田は自分の全く知らない人物と楽しげに会話を交わしているその姿を見て、自分でも驚くほど衝撃を受けていたのだ。
何故これほどにショックなのか。
あの人が誰と話していようと、誰と親しくしていようと、自分は関係ないはずではないか。
事実今まではそう思っていたし、それで過ごしてきた。
それなのに。
後頭部に纏めた髪を三つ編みにした美しい女性と肩を並べて歩く姿を見て頭が真っ白になる。行き場のない手は胸に向かい、ベストに皺がつくほど握り締める。喉はカラカラに乾き、煩いほどドクンドクンと鼓動が胸を打った。
(だん、な……)
その場から一歩も動けない沖田に気付くことなく、銀髪の侍と三つ編みの女性はゆっくりと通り過ぎていく。
ずしりと重い石が括り付けられているのかと疑うほど、体が重かった。
止まった時がようやく動き出したのは、先ほど撒いたはずの人物に声をかけられてからだった。
「総悟!てめ、見つけたぞコノヤロー!!」
通りでぼーっと突っ立ったままの沖田の背中に怒鳴りつけた土方は、その薄い肩がびくりと強張ったのを見て眉をひそめる。
気配に聡い沖田が声をかけるまで気付かないなど、珍しい。
ぎこちなく振り返った沖田だが、目線は下を向いたまま反論のひとつもしてこない。
「どうした?」
沖田に近づきながら、今度はあまり口調を強めることなく声をかければ、「なんでもありやせん」といつも以上にトーンの落ちた声。
あまりお目にかかったことのない気落ちした様子の沖田に、土方は戸惑う。
もともと感情の起伏が表に出にくい上に、自身である程度それをコントロールして表情にも態度にも出さない沖田が、一目ですぐにわかるほど感情が出てしまって、それを繕う余裕もないとは。いつでもどんなときでも自分をおちょくることだけは忘れないのに、それをしないのもおかしい。
「総悟?」
「……」
俯いたままのその顔が、どこか泣き出しそうに見えて、土方は片手で薄い栗色の髪をわしゃわしゃと撫でた。
なんだかわからないが、こいつにも色々あるんだろう。いくらサディスティック星の王子といったって、人間であることには変わりないし、ガラスの剣を自称していたこともある。
大人ぶっているが、こうして感情をもてあましている様子などをみると、やっぱりまだまだ子供なのだという思いも湧いてくる。
普段は憎たらしいことこの上ない存在だが、小さい頃から見知っていて弟のように思っているのも事実。
自分なんかには相談したりはしないだろうが、見守ってやるくらいは文句も言われないだろう。
「…何すんでィ…」
「別に」
「マヨ臭が移っから止めてくだせィ」
弱くはあるが憎まれ口が返ってきたことに安堵する。
「うっせーよ。ほら、見回りの途中だ。行くぞ」
撫でていたひよこ頭に一度手を置き歩き出すと、数歩送れて沖田も歩き出した。
「もうほんと消えてくんねーかな、マヨ王国にでもなんでもいいから吸収されてくんねーかな」
土方に向かって呪詛のように不吉な言葉を繰り返す沖田だが、その実ほんの僅かだが土方に感謝していた。
少し親しい知り合いでしかない相手が見知らぬ女性と仲良く歩いていたからといって意識すらまともに保てないほど動揺してしまった自分。それを、一時的とはいえこちらへ呼び戻してくれたのだ。
土方に見つからなければ、自分はこのままずっと何時間でも立ち尽くしていたのではないかと思う。
それ程に衝撃を受けていた。
銀髪の人物が知らない女性と親しげにしていたという事実に。
そしてそれ以上に、その事実に信じられないほど動揺した自分に。
奥底に鍵を閉めて厳重に閉じ込めていた想いが、鍵の壊れる鈍い音とともに悲鳴を上げて体中を暴れ出したかのようだった。
気付かないように蓋を閉めていたのに、脆くも崩れ去っていく。
呆然とした。
自分は、あの人のことが…。
「土方さん、なあ、アンタは…」
「あ?なんか言ったか」
紫煙を吐き出しながら振り返る土方は、沖田の台詞がよく聞き取れなかったようだった。
アンタは、そして、姉上は。
こんなにも辛い想いを抱きながら生きていたのか。
知ったばかりの想いは、自分には重過ぎる。
気持ちの行き場がわからなくて、戸惑うばかりで、沖田は途方に暮れた。
終。
ざんぷで銀さんとたまさんがお出かけしているのを見て思いついたお話でした。
(07年10月2日日記掲載文)