- no title
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最近どうも調子が出ない。
仕事がないのはいつものことで、ジャンプ買うのにコンビニ行くのも、パチンコで一稼ぎするのも、糖分求めて彷徨うのも俺にとっちゃ日常。
ただ、その中にあの子がいないだけ。
日中。行きつけの駄菓子屋前のベンチに腰をかけてぼんやりと空を見上げていた。
ふわふわと漂う真っ白の雲はワタアメを連想させ、脳が記憶している甘い味に連動して唾液が溢れてくる。
あ〜ワタアメ食いてぇ。あのふわふわ感と砂糖食ってるみたいな(いや砂糖なんだけど)甘ったるい味がたまらねぇんだ。食後のベタベタ感はなんとも言えず不快だが、それもまた一興。ふわふわ食いてぇ。
ふわふわ…。
ふわふわと言やぁ。
『旦那の髪の毛はふわふわしてて好きでさァ』
甘い声で告げられた台詞を思い出して、自然と頬が緩んだ。
しかしそれはすぐに苦笑に変わる。
隣に視線を移せば、無機質な冷たさに支配されたベンチ。
あの子の指定席。
思い浮かぶのはただ一人、この髪を好きと言ってくれた数少ない人間。
正直最初は嫌味かはたまたからかわれているのかと思った。
だってあの子の髪の毛は俺とは違ってサラッサラのストレートだ。動くたびにさらさらと音がするんじゃないかってくらい綺麗な、よくシャンプーのCMとかに出てくるような、あんな感じの髪質で。髪の色が日本人離れしてるってーのは俺と一緒だが、あの子の髪色はミルクをたっぷりとかした紅茶のような色をしていた。
何をとっても俺からしたらパーフェクトといえる髪の持ち主だっただけに、そんな奴が俺の髪を好きって言っても信じられないのは仕方ないだろう。
でも、俺の髪を好きと告げたあの子の顔を見たら、疑いなんて吹っ飛んだ。
見たこともないような優しげな顔してたんだよ、アイツ。
ひねくれまくった俺でも、ああこれは本心からの言葉なんだって一瞬で納得しちまうくらいの、偽りのない笑顔だった。
それがあまりにも意外で、ものすごく嬉しかったものだから、らしくなく照れてしまったのを覚えている。
狼狽が伝わらないようになんとかごまかしたつもりだけど、あの子は結構鋭いから気付いてるんじゃないかと思う。幸いからかわれたりはしなかったけれど。
この時からかもしれない。
顔見知り程度の認識だった奴が、心の端っこに引っかかりだしたのは。
街であったり駄菓子屋でサボっているのを見かけたり、それまでだって当たり前にあったことを、特別の出来事として意識するようになった。
日の光に反射して優しい光を放つ髪を見つけると、心がざわめいた。
『旦那』と呼ばれる度にドクドクと鼓動が胸を打つ。
大きな瞳で見つめられると、湧き立つ心が暴走しそうになった。
まるで思春期真っ最中の中学生。
いつの間にか、あの子は俺の心にどっかりと居座っていた。その上居座るだけにとどまらず、体中に根を張って、もう俺の心の隅から隅まで枝を広げて。
ずっと、意識して大切な存在を作らないようにしてきたってのに。
あの子は、過去と万事屋だけで手一杯だった俺の心を掻っ攫っていきやがった。
まあ、あの子にしてみちゃ俺の心の中の状況なんて知ったこっちゃない、一方的な想いなわけだけど。
俺の中はどうしようもなくあの子でいっぱいで。
あの子に会えないだけでこんなにも枯渇してしまう。
ああなんて情けない。
俺ってこんなにも弱い人間だったのか。
今更ながらに自覚しては自嘲を繰り返す。
ああもうほんと。
どうしようもねぇ。
ぽかりと空いた一人分のスペースは酷く不自然で、自分だけがこの空間で浮いた存在のように思えてくる。
俺は何もない空間を見つめながら、腰をずらすことすらできなくて、途方に暮れた。
なあ、どうしてくれるんだよ。
俺の平静を返して。
会いたいよ。
「沖田くん――」
終。
沖田くんが好きすぎる銀さんが好きなのです。
(07年10月16日日記掲載文)