++ in the snow
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今でも思い出すことがある。 まだ、俺たちの心がひとつであった頃。 初めて雪というものを見たあの時。 凍える寒さに震えていた俺の隣には、当たり前のようにサガがいた。 サガは俺の冷たい手をとって必死に暖めてくれた。 ハァ、と息を吹きかけて、包み込むようにして暖めてくれた。 だから、俺は寒くても平気だった。 寒くても、凍えそうでも、サガがいるから。 サガがいれば、それだけで幸せだったあの頃…。 俺たちはいつまでも二人で寄り添っていた。
「カノン、いい加減起きなさい」
「う〜〜…」
ベッドの中で眠りをむさぼっていた俺は、サガの有無を言わせぬ布団むしり取り作戦によって、突然、極寒の空気を肌で感じる羽目になった。
「寒ィ〜っ!てめ、サガぁー!!」
寝巻き一枚で放り出されただめ、一瞬で目が覚める。 寒い…。 もはやこの一言に尽きた。 せっかく気持ちよく寝ていたところを起こされたのだ。しかも、こんな乱暴に。 俺の機嫌がこの朝の気温よりも下がってしまったとして、誰が俺を責められようか。 寒さに震える俺の目の前で、神のようだと称される笑顔を浮かべている兄を、恨みがましい目でにらむ。 ああ、朝一で見た顔がこの胡散臭いことこの上ない兄の笑顔だというのが泣けてくる。 ホント寒い…。 色々な意味でな。
「カノン、朝ごはんが出来ているぞ。一緒に食べよう」
俺の怒りなど知ったこっちゃいないというように、サガは相変わらずのほほんとしている。 俺からむしり取った布団を綺麗にたたんで、こっちを向いたかと思ったら突然俺の腕をつかんできた。
「な、なんだよ!」
「おまえは放って置くと二度寝するからな」
そう言うと、部屋に括りつけられているクローゼットに手を伸ばした。 それ、俺のなんだけど…。 そう思ったが、もう俺は怒る気も失せていた。 何故なら、この行動はこれまで何度も繰り返されてきたことだから。 勝手に部屋に入ってきて、勝手に部屋を整理して…。 もはや、この部屋は俺のものなのかサガのものなのかわからなくなってしまう程だ。 全く、こんな姿を聖域の奴らが見たらどう思うだろう。 いっそ言いふらしてやろうとも思ったが、止めた。 言えばあとでどんな恐ろしい目に合うかわからないからな…。 俺もそこまでバカじゃない。
「今日は寒いから厚着をしないと…」
サガはセーターとジーパンを差し出す。 サガと俺の好みは微妙に、というか正直全然違うのだが、今日差し出してきたのは、まあ、普通の服だったから、しぶしぶ受け取った。。 いい加減出てけと言っても、サガは一向に出て行かない。 …双子の弟の着替えを見て何が楽しいのか…。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「ふふっ、カノンは可愛いなv」
「はぁ!?」
全くわからない。 こいつは一体何を考えているのか…。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
サガのつぶやきは聞かなかったことにし、俺は高速で着替えた。 サガの意味不明な戯言を一々真に受けていたらやってられない。 しかし、脱力感は拭えないものだ。 気が抜けた俺を有無を言わさず自分の傍らに引き寄せるもんだから、あたかも仲良く並んで歩くかのように(きっと傍から見たらそう見えるんだろう…不本意だが)俺とサガはキッチンへ向かった。
「カノン、外へ出ないか?」
朝食を食べ終えた後、後片付けをしているサガの口から聞こえてきたその言葉に、俺は顔をしかめた。 こんな寒い日に、外!?
「なんか用でもあるのか」
とりあえず、聞いてみる。 まあ、なんとなく返事はわかっているんだが…。
「いや、別に用はないのだが」
やっぱりな。 たまにこういうことがある。特に用もないのに、サガは俺を誘って当てもなくそこら辺をぶらぶらと歩くのだ。
「寒いからやだ」
いつもは暇だから付き合ってやるが、今日は嫌だ。 いくらやることがなくて暇を持て余していても、俺は寒いのが大の苦手なのだ。
「でも晴れていて気持ちいいぞ」
「でも寒いだろ」
サガの訴えに、間髪入れずに言い返す。
「コートを着れば大丈夫だろう。寒かったら私が暖めてやるから」
サガの言葉は、思わず懐かしい日々を思い出させた。 そういえば、サガはよく寒がりの俺を暖めてくれていた。 まさかこの年になってあんなことはしないと思うが、それでも懐かしい記憶は、温かさを伴って俺の気持ちを軽くさせていたようだ。
「…ちょっとだけだからな」
結局、いつも折れるのは俺の方なんだな…。 そう思いつつ、ソファから立ち上がって外に出る準備を整えている自分に苦笑する。
外は、サガの言ったとおり晴れていた。 雲ひとつない澄んだ青空は、見ているだけで気持ちがいい。 だが、やはり寒い。 コートを着てマフラーをして。 出来る限りの防寒をしていても、やはり寒いものは寒いのだ。 特に、手が寒い。 いつも置いてある場所に、何故かなかった手袋が恨めしい。
「ざむい…」
「大丈夫か、カノン?」
大丈夫じゃない! と言うつもりだったが、それを口にする前にサガが俺の手を包み込んできたため、声に出さずに終ってしまった。
「…サガ?」
「おまえは昔から寒がりだったな」
先ほどの言葉を早速実行してくれるようだ。 両手で包み込んだ俺の手を見つめるサガは、昔を懐かしんでいるようにも見える。 冷たい俺の手の温度を上げようと、何度もさすって、息を吹きかける。 昔、幼い頃そうしたように、俺の手を暖める。
「昔はよくこうしておまえの手を暖めたものだ…」
きっと、サガも俺と同じことを考えているのだろう。 幸福だったあの頃のことを。
「…ああ。おまえの手は暖かくて、俺はそれが大好きだった…」
珍しく素直なことを口にした俺に、サガは一瞬驚いたようだった。 実は、自分でも驚いている。 自分がそんな風に思っていたことすら気付いていなかったのだから。 しかし、突然飛び出した言葉に俺は納得せざるを得ない。 だって、その通りだったから。 今、こうしている時、俺は驚くほど幸福感を感じているのだ。 今まで何故気付かなかったのか不思議に思うほど…。
「カノン…」
「なんでおまえの手を暖かいと思ったのだろうな…。こんなに冷たいのに」
サガの手も俺に負けずとも劣らず冷たかったことを思い出した。 俺の手取るサガの手は、いつも氷のように冷たかったではないか。 それでも、俺は暖かいと感じだ。 何故だろう…。 きっと、それは肌で感じる暖かさではなかったのだろう。 サガが、全身全霊で俺のことを暖めようとしてくれたから、それが、すごく暖かかったのだと思う。 俺の手ばかりを暖めているサガの手を見つめる。 今度は俺がおまえの手を暖めてやりたい。 包まれたままの手を、サガの手ごと引き寄せて息を吹きかける。
「カノン…」
「暖かい?」
そんなことは、聞かなくてもわかっていたけど。 サガの表情が、何よりも物語っているから。 でも、サガの口から聴きたかった。
「暖かいよ、カノン」
微笑を浮かべて、サガは顔を近づけてくる。 俺から見ても神のようだと思える笑顔がすぐ近くにある。
「ありがとう、カノン」
「サガ…」
お互いの手を暖め合っていた吐息が、重なる。 いつもはいやいや受けていた行為だけど…、なんだか今日は心地いい。 もう叶うことのないと思っていた遠い日の思い出は、いつの間にか現実となって俺たちの元に訪れていた。
「「あ、雪…」」
空から落ちてくる冷たい宝石に、声が重なる。
「……」
「……」
期せずして重なった声に思わず口を結んで顔を見合わせるが、それはすぐに笑い声に取って代わった。
「アハハハハ、カノン、雪だよ」
「アハハハハ、ああ、雪だ」
俺たちは、しばらくの間笑い続けた。 何が可笑しかったのか、後で考えてみるとよくわからないのだが、その時は本当に腹がよじれるほど可笑しかったのだ。 サガとまたこうして笑い合える日が来るなんて、ほんの少し前までは考えられなかった。 人生、何が起こるかわからない。 特に、俺たちの人生はな。 俺は、寒さなど忘れてしまったかのように、ぽかぽかと心が暖まるのを感じていた。
俺の隣りにはサガがいて、サガの隣には俺がいる。 それが当たり前になりつつある今日この頃。 寄り添う俺たちの上に舞い落ちる白い宝石が、まるで天からの祝福のようだった。
-end-
*おまけ*
「なあサガ、俺の手袋知らないか?」
「さあ、知らないぞ?」
「おっかしいなぁ、絶対にここに置いたはずなのに…」
双児宮の二人の家に帰った後、カノンは出かける前に見付からなかった手袋を探していた。 今日はなくても大丈夫だったが、まだ春は遠いこの時期だ。 これから手袋なしで生活するのは辛すぎる。 カノンはそう思い、手袋を探していたのだが…。 もしかしてと、ドアの隙間から兄の部屋を窺ったカノンは、見慣れた手袋がぽつんと置かれているのを見つけてしまった。
「…サガ…!サガ、テメェ!!」
「ハハハハ、やっと気付いたか、カノン。遅かったな」
何のことはない。 初めから全てサガが仕組んだことだったのだ。
「ふざけるな〜〜〜っ!!」
怒りが頭に達したカノンは、理性など吹っ飛んでいた。
「ギャラクシアン・エクスプロージョンッ!!」
「甘いわ!ギャラクシアン・エクスプロージョン!!」
そして、双児宮は今日もまた双子の戦場と化したのであった。 これもきっと日常。
*おわり*
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