今日も今日とて屋上でちょっとスモーキングブレイクに勤しんでいる。
【思春期の思考と行動はオトナには理解不能だ】
あーこの一服がたまんねぇんだよなー。
ったく、今日びの若いもんつーのはなんでこう人の話を聞こうとしないのかねぇ。
先ほどまで自分が受け持っていた授業風景は、だべり早弁欠席のオンパレードで学級崩壊もいいところだった。
まあ、そんな勝手気ままな生徒たちに注意一つしない自分も自分なのだが。
そんな日常的な授業風景に文句を言うつもりは更々ない。
じゃあ何故こんなに荒れているのかといえば、それはもう、いつもなら教室中央前から二列目というベストシート(もちろん俺にとってだ)で舟をこいでいるミルクティー色の髪の持ち主の姿が見当たらなかったからに他ならない。
ったくよー、アレだけ先生の授業はサボるなってキツク言っておいたのになーんで言う事聞かないかね。
朝のHRにはいたのだ。年中薄っぺらのカバンだって机のフックに掛かっていたし、あの子が学校内にいることは疑いようがない。
それなのに俺の授業ほったらかしてどっかで居眠りこいてると思うと。
どうしようもない焦燥と苛立ちが襲ってきて、こうしていないと先生の皮を破り捨ててしまいそうだった。
先生怒っちゃうよー。マジ怒っちゃうよー。
この怒りがどんな気持ちに起因するものかはほったらかしにして。
一本目のタバコを携帯灰皿に捨て、二本目に手を伸ばした時だった。
「せんせーぇ」
錆び付いたドアの立てる不協和音と重なって聞こえるダルそうな声。
振り向かなくともわかる。
この瞬間まで思考を占めていた気になる生徒の声。
耳に入ったと同時に、どうしようもなく緩む頬の筋肉を必死で引き締める。
手にした二本目は再び箱に戻して、ライターもポケットにしまいがてらさて振り返るか。
「せんせーどうしよう」
「んー、どうしたー」
どうしようという割にはまったく焦った様子もないその声音に、俺も特別焦ることもなくのんびりと首ごと視線を背後に向けた。
「…………」
んん?
あり、俺視力下がったかな。
てか、眼鏡曇ってる?つか、もしかしてレンズ割れてるとか?
いやいやそもそも先生伊達だからね。
裸眼で1.0とか余裕であるからね。
これかけてるともれなく真面目そうに見えるからかけてるだけだからね。
って誰も聞いてねーよんなこと!
じゃなくて!
今俺の前で展開されている世界は一体全体何事でしょうか?
あれーもしかして夢とか見ちゃってる?
確かにこんな夢は何度も見たけどね。
うん白状します。かなりきわどい夢とか見ちゃってます先生。
でもほら、夢見るだけならタダだし捕まんないからね。
先生まだ首繋がってるよ〜。
つーかまた反れてるじゃんよ俺!
あまりにも願望強すぎて正夢になっちゃったとか?
ありえねーよな、ありえねーよ。
現実はそんなに甘くねーって先生知っちゃってるから、騙されませーん!
「せんせぇ」
騙されねーよ。
「俺」
だから騙されねーって。
「女の子になっちまった」
そんな頬染めて言われてもね、先生は、先生は…
「沖田くん!安心しなさい、先生責任取るからだいっじょーぶ!とりあえず、まず大切なのは将来は子供何人つくるか…ゲフゥッ」
沖田くんのハイキックが見事に顎に決まった。
というかですね、その格好で片足上げるのはまずいっしょ!
見えるから!見えちゃうから!先生の視線スカートの中身に釘付けですからー!
しっかし、素晴らしい蹴りだよ。先生一瞬意識飛びそうになったね。いろんな意味でね。
剣道部エースがなんでこんな蹴り持ってんのよ。
「せんせーセクハラですぜ」
先ほどまでのいじらしい仕草はどこへ。
にやにやといつものサド笑いを浮かべているこいつは。
俺のクラスの居眠り王子こと沖田総悟は、見慣れた学ラン姿ではなく、セーラー服を来た姿で俺の目の前に立っているのだ。
え、これ現実か。マジか!マジでかー!!
有り得ない。ほんと、有り得ないくらい可愛い姿がそこにはあった。
なんとか意識を保った俺は、目の前のヤツを見る。
あれだ、ガン見だ。
目に焼き付けろ!焼き付けるんだ坂田銀八ぃーっ!
沖田くんのセーラー服姿だぞ、夢にまで見た姿だぞ、てか、夢以上じゃね?
マジ可愛くね?
生来の薄茶の髪は太陽の光に反射してキラキラと光ってて綺麗だし、白い肌は眩しいくらいだし、なによりもアレだ、プリーツスカートから覗く脚線美がヤバイ!
大きな目と小ぶりな顔は可愛らしさを存分に引き出してて。
ちょっとそこらの女の子より可愛いんだけど!
って、ああそうか今女の子なんだっけ!?
「ちょ、今度は視姦ですかィ?マジで教師の風上にも置けねぇ人だなぁオイ」
「んなこと言ったってね、まさか沖田くんが女の子になっちゃうなんて流石の先生も想像もしなかったわけだよ」
そう。女装は想像したけど、女の子化しちゃうってのは盲点だったよ。
先生もまだまだ甘かったってことだね。
「それにしても、女の子になったってわりには普段と変わんねーっつーか…」
そう。ミルクティー色の綺麗な髪の毛も、白い肌も、ほっそりとした姿もいつもと変わらない。
もともと可愛らしい、言っちゃなんだがぶっちゃけ女顔の沖田くんだ。
セーラー服を着ただけでも洒落にならないくらい似合って可愛いだろうなーとは思っていたけれど。
「沖田くんって成長遅いほう…なのかな?」
膨らみの伺えないまっ平らな胸、細く硬い腰の線。しなやかで綺麗だけど柔らか味にかける脚。
いくらなんでも高校三年の女の子って言うには女性らしさが欠けすぎじゃないだろうか?
それに、何よりも。
「イヤだなぁせんせぇ。俺ぁとっくに第二次性徴むかえてますぜ」
そうだよね、その声は変声期とっくに迎えた男の子の声だよね?
どう考えたって女の声じゃない。
あれ?女の声じゃない?
「…女の子?」
「女に見えます?」
そう言って可愛らしく片首を傾げる沖田くんは、まさに女子高生…に見える。
先生の好みのど真ん中ストライクな女の子…に見えるんだよお!
洒落んなんないからー!
見えます!見えました!
マジ騙されました先生は!
なんつーか、悔しいっつーか、見事に騙されて踊らされてすんげームカつくのに、なんだこの高揚感は。
もうさ、いいよ。
先生沖田くんのセーラー服姿見られただけで十分だから。
幸せいっぱい胸いっぱいだよコノヤロー。
「沖田くんさー、先生騙して楽しいの?教師イジメかよ先生泣いちゃうよー」
泣き真似をして見せた俺に、沖田くんはばつが悪そうに目をそらした。
「だって、せんせーが言ったんじゃねーですか」
「?」
「せんせーが、女しか相手にしないって…」
「何のこと?」
「こないだ忍者先生と…」
「――ってアレか!?」
数日前、職員室近くの便所で同僚の服部先生と話していたことを思い出す。
『坂田先生ってモテなそうに見えて結構モテるでしょ』
『なーにふざけた事言ってんですかこの痔持ちが。モテてたら毎週ジャンプなんか読んでねーっつーの』
『いや、それ読んでるからモテねーんだろ天パ』
『黙れヒゲ面。テメーは俺と違ってジャンプ関係なくモテねーもんな、かわいそーになぁ』
『ジャンプバカにすんなよ。アレはなぁ俺の毎日の精力剤なんだよ。アレ読まなきゃ一週間はじまらねーんだよ』
『バカにしてんのはジャンプじゃなくてテメーだって。俺だって毎週月曜は全部読んでから出勤してんだぞ』
『だから月曜は毎回朝の職員会議遅刻してんのかバカじゃねーの』
(中略…ってか、何話したか覚えてねーから)
『こんなに女に縁がないと男に走るんかねぇ』
『あぁ、こないだ捕まった変態教師か?なんだっけ、男子便所にカメラ仕込んでたんだっけか』
『盗聴器もつけてたらしーですよ』
『マージでか。どーせつけるんなら女子便にしとけよなー』
『いやそれもどうだよ。どっちもヤバイでしょうが』
……たしか、こんな内容のことを話していたと思う。
「えっと、先生『女しか相手にしない』なんて一言も言ってねーよな?」
「でもそういう意味じゃねーですかィ。男子便所より女子便所の方が興味あるんでしょう?」
「そりゃ…」
むさくるしい男どものイチモツよりは女の子の方を選ぶでしょ、普通。男なら。
「でもちょっと待って沖田くん、アレは変態教師の話で、しかも便所とか、先生そっち系の変態じゃないからいくら女の子でも便所の女の子は勘弁だよ。わかるでしょ?」
「まあ俺もスカトロには興味ねぇですがね」
「この子何言っちゃってんの!?てかさ、沖田くんはサドだけど鬼畜系じゃないから、そんなこと言っちゃいけません!それは先生の役目です!沖田くんのためなら鬼畜にだってなるよ先生」
「アンタこそ何言ってんだィ。わけわかんねーよ変態教師」
「先生は沖田くん限定で変態なだけだから変態教師じゃありませ〜ん」
「男のパンツ見て鼻血出した時点で問答無用で変態でさァ」
「あれ、バレテタ?」
おっかしーな、光速で鼻血拭ったはずなのに。
つーか。すっかり論点ずれちゃったけど。
何、もしかしてこの子、俺が女にしか興味ないと思ったからこんな格好しちゃったわけ?
男の自分じゃ相手にされないと思って?
きっとスカスカの頭必死に使って考えて、で、結局セーラー服着て女装しかないって結論に至って、コンプレックスの女顔すらも利用して。
俺に相手してもらいたいがために、こんなバカらしくも健気な行動を起こしちゃったってわけですか。
やっべ。
すっげー愛しいんだけど。
ほんと、バカで間抜けでどうしようもないけど、
それ以上にどうしようもないくらい、俺は沖田くんの事が愛しい。
可愛くて仕方がない。
「ほんっと、お前って…」
「せんせー?」
その舌っ足らずな「せんせー」っての、実はすごく気に入ってる。
まん丸の瞳で見つめてくるのも、少し首を傾げる姿も、どれもこれもが俺を惹きつける。
余裕ぶった態度の隙間にちらちらと見える必死な表情がたまらない。
もう、先生と生徒なんてぇのは関係ねぇ。
今まで抑え込んでいた気持ちも、必死で取り繕ってた理性も、お前のその真っ直ぐな気持ちの前では何もかもがちっぽけでくだらないものだったってことだ。
「あのさー。確かに俺は男よりも女のほうが好きだけど、それは基本的にってだけで、一番は沖田くんよ?」
大きな目を更に大きくして驚いている沖田くんの頭上に片手を乗せる。
優しい色の髪を梳くようにしてなでると、喉を撫でられたネコのように気持ちよさそうに目を細めた。
太陽の光を浴びた頭は温かくて、柔らかい髪はさわり心地が良くて癖になりそうだ。
わかってよ。
さっき喋った内容聞けばわかるでしょ。俺がどれだけ沖田くんに夢中かって。
だからさ。
そんなに焦んなくていいよ。
先生は待ってるから。
おずおずと伸ばされた沖田くんの両腕が俺の背中に回る。
片手は沖田くんの頭に置いたまま、もう一方の手で背中を撫でてやれば、肩口に押し付けられた小さな頭がくぐもった声を発してきた。
「俺が男でも、せんせーはいいの?」
常にない様な弱弱しい声。
「沖田くんだからいいの」
君はもっと自信をもっていいんだよ?
だって、こんな教師の面被ってないと居られなかった臆病な俺に殻割らせたわけだからさ。
気持ちと一緒に両腕に力を込めてギュッと抱きしめてやる。
細く頼りない感触が堪らなく愛しい。
「じゃ、こんな格好しなくてもよかったじゃねーか。紛らわしーんだよエロ教師」
「えー、似合ってんだからいいじゃん。先生いいモノ見せてもらって幸せだよ〜」
「っ、……せんせーが、幸せなら…」
「また着てくれる?」
「……せんせーも着てくれるなら」
「マジでか」
「マジでさァ」
先生のセーラー服姿を見たいなんて、どんなマニアックなのこの子は!
正直勘弁だけど、でもこの可愛らしい姿をまた見られるなら痛い姿晒してもお釣が来るんじゃないかと思ってしまう。
まあそん時ぁそん時だ!
とりあえず、今は腕の中の愛しい存在をもう少し味わうことにして。
邪魔なチャイムの音なんで無視ってことでヨロシク。
おわり?
→余談